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白髪鬼
マリー・コレリ 著 黒岩涙香 翻案 トシ 口語訳
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白髪鬼
(五十三)
これからは又毎日、私は必ず一度ずつナイナの所を訪ねたが、彼女はますますうち解けてきたなかにも、なにやら恥ずかしがるような素振りも見え、もしかしたら、彼女は本当に私を愛し始めたたかと疑われるところもあったが、いや、いや、これが彼女の手練手管のあるところで、彼女が自然に男を欺く妙技を備えているところだと私は思う。
このような間にも私はあたかも動物学者が自分の飼い犬を観察するような冷淡な批評眼でナイナの人となりを深く見てみると、彼女は全く美しい皮で汚い心をくるんだ怪物だった。
彼女の欲心にはほとんど底がないのではないかと疑われ、他人から贈られたものなら、高額な金銀珠玉の類は勿論、つまらない草花の類までも、ただ遠慮しないばかりか、真底から喜び受け取り、決して自分のものと決まった品物だけに満足して控えめにしていると言うことができないのだ。
彼女が一人の男を守ることができなくて、通じてはいけない人にまで通じるのもやはりこの欲心の一種ではないか。私は深く見るに従い、心の底まで見透かせるような気になり、一日一日にいよいよ愛想を尽かすばかりだった。
ついにはたとえ一度でも、どうしてこのような女を愛したかと、我ながら我が心に合点がゆかず、自分から怪しむほどだった。とはいえ、ただその外面の美しさは、実にまたけた外れで、誰しも一目見てぞっと魂がふるえ、有頂天外に跳び去らない人はいない。
これほどまで愛想を尽かした私でさえも、少し油断して見るときは、ほとんど震いつくほどに思う場合もなきにしもあらずで、察するに、男心と言うものは、たとえどのように堅固であっても、とうてい女の顔の美しさには勝てず、女に迷わされるように作られているもののようだ。それとも、ナイナが特別にどのような男をも取り押さえてしまうほど美しく作られたからなのか。
十二月もすでに下旬になった頃、ローマにいる花里魏堂から次ぎのような手紙が届いた。その文は、
「有り難い。私の叔父はついに死に、その財産はすべて私の物となりました。伯爵よ、私は実に飛んで帰りたいほどに思いますが、その財産を私の名前に切り替えるために、まだいくらかの仕事があります。
それを済まし、来る二十七,八日には必ず帰るつもりです。もっともナイナには私の帰ることは知らさずに置いて欲しいと思います。私はただ急に帰って、ナイナの驚きかつ喜ぶ姿を見ようと思います。もちろんナイナからは何度も十分愛情のこもった手紙が届いております。
私を待ち兼ねている様子はだいたいお分かりでしょうが、恋人同士の心中はまた格別ですので、お察しください。なお、伯爵、御身にはこれまで一方ならぬ負債が有りますが、このたびは財産を得たのを幸い、帰着次第お支払い申し上げます。そうすれば私の名誉も満足する事でしょう。」云々(うんぬん)とあった。
私は何度も読み返して腹の中で笑った。ナイナから十分な愛情を込めた手紙が届いたと言うからは、彼、ナイナの心がすでに、私に移ったのを知ら無いのだろう。彼は今や、私とナイナのために、馬鹿にされていること、ほとんど、その昔、私が彼とナイナに馬鹿にされていたのに劣らない。
ナイナはさだめし彼が急に帰るのを恐れ、ことさらに安心させ油断させるため気休めの手紙を送ったのだろう。彼は又私に「ひとかたならない負債あり」と言うが、その総計の大きさがどのくらい有るかは彼は知らない。負債も負債、金銭ではとうてい償うことができず、命をもって償ってもまだ足りないくらいなのを知らないか。
彼は自分の名誉も満足すると言う、彼がここに帰ったときには果たして満足するほどの名誉が残っているかどうか。思えば彼も馬鹿な男ではないか。
そうは言え、彼が帰って来た時は、私の復讐の大舞台がいよいよ幕開きとなる時なので、私はそれまでに多少の用事を済ませて置かなければならないと思い、そのつもりで一通の返事をしたためて、すぐに彼に向けて送ってやった。その文は
「親友よ、とうとう叔父の財産が御身のものとなったことは、私にとってもうれしい限りです。帰る事をナイナに知らさずに不意に帰って驚かしたいとのこと、恋人の心とはこうしたものかと実にうらやましいけれど、私は万々承知しました。
その代わり私も貴方に願いが有ります。来たる二十八日の夜に私は貴方の帰着を祝すために日頃交友の紳士だけを招き(一人も婦人を交えず)小宴を開きたいと思いますので、貴方は同日をもって帰ることとし、夫人の所に行く前にまず、私の所に来てそのパーティーに列席してください。
貴方は一刻も早く夫人に会いたいことでしょうが、それを一,二時間引き延ばすことは、ますます思いを深くするのは間違い有りませんから、会い見る喜びもかえってひとしお加わる事と思われます。
貴方の帰着の時間を電報で知らせてくれれば私は駅まで迎えの馬車を出しておきますので、すぐに君をとりこにしてパーティの席に連れてくるでしょう。これだけの私の願いを承諾しない貴方ではないと信じます。とにかく一報を待ちます。」
この返事を送りだし、私はほとんど勇士が戦場に臨むがごとく、もはや一刻も油断すべきでないと思って、第一にナイナと打ち合わせて置くこともあり、これから又もロウマナイ家を目指して出て行った。
ナイナとの打ち合わせとは一体どんなことだろう。
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