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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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白髪鬼

             (六十六)

 サングラスを外した私の目の晴れやかなのに、ダベン侯爵も驚いたと見えて、私にピストルを私ながら、
 「貴方はサングラスがない方がよほど若く見えます。ああ、どうしてもイタリアの貴族に属する一種高尚霊活な目です。」とつぶやきながら私を褒めた。

 私はピストルを受け取りながら、笑いながらに「そうですか。」と受け流し、更に形だけそのピストルの調子を調べたが、もとより瓶造が手入れしたもので申し分が有るはずが無いので、「満足です。」と返事して、更に又身構えを直しながらギドウの方に向いた。

 ギドウはまだ私の顔には気にも止めず、入念にピストルを検査しているだけだったが、この時背後の方に立つフレシャ氏は遠くでギドウの介添人を呼び、「もう、万事準備が整いましたか。」と聞く。あの介添人も侯爵も同時に

 「さあ、用意はよろしい。」と答え、更に侯爵は私とギドウに合図をするつもりらしく、白いハンカチを手にさげて、私とギドウの真ん中と思われる所に立ち、「さあ、いよいよ始まるのだ。」と言い、そのハンカチを振り上げた。

 この時まではまだピストルの調子をともかくきちんと調べなくてはと検査していたギドウは初めて頭を上げ、むき出しの私の顔に目を注いだ。
ああ、読者、この時のギドウの驚き、私は何と言って形容したらよいか。そうでなくても青い彼の顔はたちまち鉛色より土色になり、驚愕と言うか当惑と言うか、ほとんど評しようがない様子を示した。

 察するに彼は、私を見てハピョの幽霊が出てきたと思ったようだ。そうだ、幽霊に襲われて魂が消えるほど震い上がった人の顔、ちょうどそれと同じだった。いや、、その顔から見ると、ギドウのそれは通常の人よりなお一層恐ろしく襲われた者のようだ。

 目つきは全く狂人の目付き、顔は恐ろしさに耐えられない顔、私は実にサングラスを外した私の顔がここまで彼を驚かせるとは思わなかった。彼は神の助け呼ぼうとする気持ちからか、それとも介添人に訴える気持ちなのか、その唇を開いたが、彼の喉は涸(か)れ尽くし、一言の言葉も発することができなかった。

 彼はピストルを持ったまま定めの場所より二足、三足よろよろとよろめいて後ずさった。
 彼の介添人はどうしたのかと怪しむように走って来ようとしたが、、その間にギドウは思い返し、しっかりと心を取り戻したものだろう、再びつかつかと元の所に歩いて来て、足を踏み固めて突っ立った。

 しかし恐怖に襲われた彼の顔は元の色に戻らなかった。彼はきっと私がハピョに似て見えるのは自分の神経のためだと思い、我と我が心を叱って励ましたのに違いない。彼はただ私折葉を憎いと思う一心で満身の勇気を絞り集めたものだろう。彼は再び私の顔を見てみて、又よろめくばかりだったが、今度は自分でも悔しさに耐えられないように歯をかみしめてその場に立ち止まった。

 ああ、私はここまで彼を驚かせ、又彼を苦しめることができた事は、復讐の上では上々と言うべきか。いやいや、私は彼の様子を見てなおさら彼を憎まないわけにはいかない。彼がもし私をハピョだと知ったら、自分の深い罪を悔い、そのピストルを投げ捨て私の前にひれ伏すべきところではないか。

 彼は、私をハピョと知ってか、はたまた、ハピョの幽霊と思っているのか、そこまでは私の知るところではないが、とにかく彼は私の目がハピョの目と同じなのを見、一層私を殺さずには置けないとの決心を強くしたように、恐怖に襲われながらも、自分の神経を叱り、無理に自分の心を励まして立ち向かうとは顔を見るのも憎らしい。私は少しも彼を哀れまず、ただ彼を憎むばかりだ。

 合図の役のダベン侯爵はギドウの異様な様子を見て、しばらくその合図を延期していたが、やがて彼の身構えが元に戻ったのを見ると、一、二、三の掛け声を発しようとした。勿論、読者のが知っているように、一はピストルを上げよとの注意、二は狙いを定めよとの命令、狙いがすでに定まったら、三の掛け声で双方一斉に発射する。これが決闘の慣例だ。

 間もなく侯爵の朗らかな音声は、振り動かすハンカチと共に「イチ-」と叫んだ。私もギドウも遅れずにその筒口を上げた。次に筒口の相等しいのを見、「ニイ」と叫んだ。

 私はこの声に応じてギドウをにらんで狙いを定めるのと同じく、ギドウもまた私を見て狙いを定めようとする。しかし狙いを定めるには私の顔を見ないわけにはいかない。彼、私の顔を見るや、かつ、怒り、励ましていた彼の神経も、ほとんど恨みに光る私の目には抵抗できないと見え、ますます恐れおののく色が顔に現れた。

 ようやくにして彼の目が私の目と合ったので、私は今まで我慢していた私の恨みを彼に知らせるのはここだと思い、すごく目を光らせて、勝ち誇る笑みを示し、彼がにらむと、私もにらみ返し、汝の腐った根性で清い私を殺せるなら殺して見よと言わないばかりにいどみかけ、しばらく目と目で人知れず戦い合っていたが、侯爵は狙いが全く定まったのを見て、大声で「サン」と叫び、上げていたハンカチに拍子をつけて地面に投げつけた。

 この声を聞くやいなや、私とギドウは少しも遅れ先立たず、あたかも一発の音かと思われるようにピストルを発射した。音が我が耳に入るか入らないかの一瞬の間にギドウのピストルの弾丸は私の右の肩をかすめ、私のコートをくすぶらして跳び去った。彼は手元を狙い損じたのだ。私の弾丸は彼のどこに当たったかと瞳を定めて見ると、だんだん散って行く煙の中に、ああ彼、倒れもしないで私と同じく突っ立っていた。私も又彼を射損じたか。

 いや、いや、、いや、百年の恨みを飲み、十分に狙った私の狙い、1cmもはずれるはずがないのに、ああこれはどうしたことだろう。私はもう一発狙い直して、彼を射殺したい。決闘にあらずして人殺しだと言わば言え....。


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