巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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             (九十六)

 ああ、私の旅は終わった。私は目的の所に着いた。恐ろしい墓倉の戸は、今まさに私の目の前にある。この時、月は雲に隠れ、四面暗くてもの凄(すご)く、何度かここに来た私の目には間違うことはない。この戸を開けば、中はこれナイナのための生き地獄、私の最後の戦場だが、ナイナは辺りの暗さに紛れ、まだそれとは気づかないのだろう。私は用意の鍵を出して、錠を解除し、すぐに戸を開け、ナイナを抱く手に一層力を込め彼女をこの中に引き込もうとすると、彼女は初めて身をもがき、

 「貴方はまあ、貴方は、まあ、ここは、ここは、」
 「ここは誰も知らない安心の穴倉です。」
 「何だか私は恐ろしくて」と穏やかならぬ声で言うのを、私はなるべく我が言葉を優しくして何気なくうち消して、
 「何、恐ろしいと、そんなことはありません。」
 「でも、何だか暗くて、」
 「中に入ればすぐに明かりを点けます。」

 言い消すうちにも私の心には、はや彼女を逃げるに逃げられない手詰めの場所に連れて来たかと思うと、心の底から気持ちよさに耐えられず、自ら押さえても押さえきれなくて、非常に高い声で笑ってしまった。勿論笑う場合ではなく、またなかなか笑うような心でもないのに、なぜか私の心は笑わないわけにはいかなかった。実に体を振って笑った。笑ってはならないと思い、ようやく声を止めて、

 「何も恐ろしいはずはない、さあ、来なさい。」と言い、私は手早くかつ軽々と彼女を抱き上げて、敷居をまたぎ、ついに戸の中に入ることができた。
 ついに戸の中、戸の中、有り難い、有り難い。私は内側から再び戸を締め、再び錠を下ろした。

 私とナイナを出ることができないように、ついに墓倉の中に閉じこめた。ああ、気持ちが良いと思うと、再びあの異様な体を振った大笑いが胸の底からこみ上げてきた。その声は私の口を突き破るほどの勢いで発した。

 今は閉じこめた地の底の穴なので、戸の外の笑いと違って、私の声はうつろな四方の壁に響き、壁から笑い返すように聞こえて、私自身さえものすごく気味が悪いと思うほどなので、ナイナはもっと薄気味悪いと思うのだろう、私にひしと寄りつき、

 「貴方は何をそんなに笑うのです。本当にぞっとします。」私は再び必死となって我が声を抑え、「ぞっとする、なに、余りにうれしいから笑うのさ。生涯見てくれる人も無いことかとほとんど失望していた宝物を、とうとう見せる時が来たから、それが余りにうれしくて。」

 こう言って、先ず彼女に少し安心を与えておこうと、私は花婿が花嫁を抱くように彼女を抱き、またそのキスをするように彼女にキスをすると、抱くにもキスにも何となく荒々しいところがあり、我ながら行動が我が思うとおりにならないのを不思議に思うばかりだった。

 戸の口から墓倉の底までは、まだ数段の石段を伝い降りなければならず、私は思うようににならない我が声を和らげて、「さあ、これから石段だ。貴方がつまずいては大変だから私が抱き上げてそっと下ろします。」と言い、有無の返事も聞かないうちに、抱き上げると、

 あやしいことに、彼女の体は生まれたての小児に似ていた。これは彼女が軽いのではない、私の腕、私の体、私の筋肉の全てに、非常な決心が起こると共に、非常な力が満ちてきたためなのだ。抱き上げられて彼女がもがいたかもがかなかったかは私は今記憶にない。実に一念胸に凝り固まり、私は全く夢中になっていたからだ。

 夢中ながら、足でさぐり、一段、一段石段を下りて行くと、私の脳は、余りの激動に張り裂けてしまったのか。目の前に火の車が回るような形が見え、足も地に着かない心地がした。ここ一事が大事場合と私は心を押し静め、降りて降りてようやく墓倉のどん底に着いた。

 地の下深く2丈(6m)あまり、私とナイナは生きながら埋められた人と同じ。私はナイナを底に下ろし、初めて抱いた手を解きながら、ほっと息をつくと、胸はさながら波のように高く低くうねりをつくった。ナイナは解放されも離れることもできず、まだ私の手を握ったままで、枯れてしまった声を絞り、「ここはどこですか。今おっしゃった明かりはどこに、」と言う。

 私はもはや返事するのも面倒になっていた。無言のままでポケットからマッチを取りだし、前にこの穴の4隅に用意して置いた数本のろうそくに火をともした。読者よ、何時私がこのような用意をしたのかと怪しまないで欲しい。私が婚礼の前夜に瓶造に眠り薬を飲ませて、寒さを押して一人我が宿を忍び出たのは、実にこの穴の中に、色々な仕掛けを施すためだったのだ。

 たちまちにしてろうそくの光に照らされ、ナイナは目がくらんだが、しばらくの間は、辺りを見回すだけだった。私もあえて声を出さず、しだいしだいに昇ってくる胸の怒りをなだめさすりながら、彼女の様子を見ていると、彼女はロウマナイ家の先祖累代を納めた棺から棺に目を移し、その他の葬具一式を見ると共に、果たしてそれと気付いたのか、「あれえ」と一声高く叫び、再び私の体にしがみつき、

 「ここは、ここは、墓倉です。早く連れ出してください。」と言う声は、全く恐ろしさに身もすくみ、私が初めて聞く誠の声だった。


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