巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

hakuhatu98

白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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             (九十八)

 「ハピョはここにいる、さあ、見なさい。」と私がむき出しの顔を照らし出すと、ああ、読者、この時のナイナの驚いた様子、私は実に言い表す言葉を知らなかった。ただ一刻、ただ瞬く間に彼女の顔つきはまさに病後の人かと思われるくらい変わり果て、まばゆいほどの美しさもたちまち消えてしまった。眉はひそめ、唇は全く乾き血色は土よりも青かった。

 先ほどまで私の心を悩ましていた花嫁とは何という違いだ。これは年を取った老女の幽霊でなければ、恐れと驚きに固まった怪物に違いない。私を遮ろうとして振りかざすその手さえ、艶がなくなって枯れ木の枝のようだった。不思議がり、怪しがって、私の顔を見る目は、くぼんだ瞼(まぶた)の外に飛び出そうとする。ああ、この女は何と返事をするのだろう、息使いと言い、苦しそうに喘(あえ)ぐのは、喉にその声を潤すだけの露も尽きてしまったためか。

 やがて毒虫を払うように私の手を払い、地面の上にしおれ込みながら、わずかに聞こえるうめき声で、
 「いや、いや、ハピョではない、ハピョではない、ハピョは確かに死んだはず。おお、お前は気ちがい、お前は偽(いつわ)り者、こんな事をして私をだますのだ。おどすのだ。うそつき、偽り者」

 切れ切れに言って来たことは彼女の正気の言葉か。それとも余りの恐ろしさに平静を失い、自分でも知らずに、こんなことを口走るのか。私は少し疑ってまだ彼女の様子をじっくりと見ると、私の顔に注いでいる彼女の目は次第に上の方に上がり、墓倉の天井を眺めたが、又次第に下がって来た。あたかも精気が尽きたようで、そのままぐったりと体と一緒に伏せ込んだので、もしや本当に気絶したのかと、私はまず彼女の肩に手を掛け、その体を引き起こすと、いや、彼女は気絶してはいなかった。

 一時気がふっとくらんだのだ。彼女は私の手に触れて熱鉄に触れるよりもっと縮込みながら、その乱れて定まらない目にまたも私の顔を見つめたが、これも見つめると言うよりもその目が自ずから私の顔に引きつけられて、離れようとしても離れられないのに似ていた。

 私も彼女の目で彼女の心を読み尽くそうと思って、気を止めて眺めていると、初めはただ疑いの光だけを浮かべていたが、次には何とも喩(たと)えようもない恐れを浮かべ、最後には全く私をハピョと見極めて限りなく絶望したように見えた。絶望するのも無理はない。私がいよいよハピョだと知ったら逃れる道が無い自分の運命を知るからだ。

 私はこのように見て、再び彼女の手を引き上げ、
 「ああ、とうとう私がハピョだと分かったか。なるほど昔のハピョとは非常に違ったところが有るだろう。漆のような黒髪も今はこの通り白髪になった。これも非常な苦しみから起こったことだ。その苦しみがお前に報い、お前を私のように見違えるほどの姿にするのも遠くはない。」

 「昔の愛をたたえた目は今はこの通り、恨みにものすごく光っている。このような違いはあるがハピョはやはり元のハピョだ。さあ、分かったか、納得がいったか。」と急がず騒がず彼女の顔を見つめると、彼女は乾いた喉が少ししめったため今までつかえていた泣き声をゆるめ放って、
 「うそだ、うそだ、何のため冷酷な目的で私をこんなに責めるのです。おおこのような恐ろしいめに」と言いかけて又も私の手を払った。

 ああ、彼女はもう私が本当のハピョだと知るべきなのに、まだ嘘偽りを言い張って、私の言葉に従わないのは、彼女は何と強情者だ。またなんという偽りものだ。恐ろしさに耐えられずに、天に叫ぼうとする間際までまだ偽り張ろうとするのか。おのれ、悪女め。私の言葉に従わせ、私をハピョと認めさせずに置くものかと、私は一層声を張り上げ、

 「嘘とは誰のことをい言う、良く聞け、ナイナ、今は残らず言い聞かせる時が来た。なるほど、ハピョは一度は死んだのに違いない。死んだとして一度は葬られ、一度はお前に安心され、ああこれで邪魔者は払ったとお前の腐った根性に喜ばれたが、ハピョは死にはしない。死人と同じようになっても生きていた。」

 「そこにあるその棺に閉じこめられて、釘付けされた上、この墓倉に葬られ、再び出ることができない身と地の底深く埋められたけれど、死人同様のハピョの体もまだ一脈の命があって、何時間か後に生き返り、お前の見るとおり、あの棺を破って出たのだ。これでもまだ私を疑うか。これ、これ、どうだナイナ。」

 と責めつけると彼女はほとんど狂人の力で私の手をふりほどこうともがきながら、
 「放せ、放さないか。気違い、うそつき者」と今はかえって私を罵(ののしる)るまでになったので、私は又も声を励まし、

 「私は気違いでも嘘つきでもない。論より証拠はあの棺と私の顔つきで分かっている。笹田折葉に化けている今までもお前自ら私を疑い、何度もハピョに似ていると言ったのを忘れたのか。私はこの棺を破ったがまだこの墓倉を破ることはできず、闇の中でこの髪が白くなるほど苦しんだ。世にこれほどの苦しみはまたとないだろうと思ったが、まだまだ私が墓倉を出てからの苦しみはそれよりもまだ苦しく、それよりまだ辛かった。」

 「天の助けで墓倉を抜け出して、やれうれしやと思ったのは大間違い、家に帰って妻ナイナを喜ばせようと小躍(こおどり)りして帰ってみれば、家は早や他人の家、墓倉の底よりまだ辛い所になっていた。」と怒りにまかせて述べ来ると、、ナイナは何か言おうとするように、その唇を動かしたが、それだけで一語も発しなかった。

 私はますます彼女の上にかさにかかって、
 「これでもまだ私を疑うのか。まだ私の言葉を本当だと思わないのか。まだ私を昔のハピョだと思わないのか。」
 問いつめられて彼女ははや敵対はできないと観念したと思ったが、まだ私をハピョと承知しないので、私はほとんど我慢ができず、
 「さあ、返事しろ」と叫びながら、隠して持っていたあのミラノ製の短剣を引き抜きながら、玉散るごとく光る刃を彼女の目の前に差し向け、

 「お前のような嘘しかついたことのない唇から本当の事を言うのは辛いだろうが、ここは嘘偽りで通れる場所ではない。さあ、言え、言わないか。これ、ナイナ、これでも私をお前の最初の夫、ハピョ・ロウマナイだと思わないか。」

 叱りつけるような私の声は空洞に響いて、すさまじいと言ったら喩(たと)えようもなかった。ああ、ナイナ、ここに至ってどんな返事をするのだろうか。



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