巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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活地獄(いきじごく)(一名大金の争ひ)(扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.5.1


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      第一回 モンマルトルの岡  

 今は昔、その名天下に振るいたる智謀夢想の拿勃翁(ナポレオン)も、ワーテルローにて戦い破れ、英国と独逸と一味になり仏国(フランス)の皇族ブルボン家を助け、再び仏国(フランス)を帝王の御代にしようと、進んでパリを囲んだ頃(千八百十五年)、仏国に一種の秘密革命党があった。自由を愛し国を愛する義人が集まったもので、その目的は只管(ひたすら)に帝王及び貴族の圧制を解き、之に使われる奸臣を殺し、之を助ける外人を屠(ほう)るなど、自由の為には血を流し命を捨てるのも厭わなかったのは、今なお人の知る所である。ここに掲げる物語は、その頃の事から始まっている。

 千八百十五年七月二日(日曜日)も早や暮れて、夜も既に十一時を過ぎようとする頃、往来(ゆきき)する人も非常に稀な門苫取(モンマルトル)の岡の下に、人待顔で佇立(たたず)んでいる二人の男があった。

 一人は商人風で、年既に四十五、六、背は低いけれど身体満々と肥え太り、顔付の非常に莞爾(にこやか)なのは絵に描(か)いた福の神にも似ているとでも云ったら好いかも知れない。今一人は二十五、六の優男(やさおとこ)で、育ちの良い紳士と察せられる。

 此の紳士は肥た商人体の男に向かい、
 「何うだ町川君、何時までここで待てば好いか、全然(さっぱり)訳が分からないが。」
と非常に待ち遠しそうに攻め問うと、

 町川「イヤ柳條(りゅうじょう)君、迫(せ)き給うな。もう来る時分だ。君は未だ此の秘密党に加入して一年に足るか足らずだから、怪しむのも無理はないが、実は吾党の規則として、仲間の中に少し怪しい奴があれば、一同相談の上殺して仕舞う。今夜が即ちその相談で、君と僕とが斯(こ)うしてここに張り番を言い付かって居るのだ。」

 柳條と呼ばれる若き紳士は、まだ合点の行かない様子で、
 「成るほど先刻秘密の回章(かいじょう)が来て、今夜十時半に門苫取(モンマルトル)の岡の下へ行け。岡の下には党員の町川が待って居る故、同人に逢えば用向きが分かると書いてあったから、何事かと思って遣(や)って来たが、斯(こ)う待たせられては。」

 町「イヤ心配したもうな。君は瀬浪嬢と思い思われ、近々婚礼の約束も調(ととの)うと云う間際だから、此様な所で待って居るのは厭でもあろうが、今夜の相談は吾々一同の頭の上に掛かる事で。」
と声を潜めて説明すると、

 柳「イヤ僕は君と違い、今までも此の秘密革命党と主義を同じくする所から、此の党を助けて働く丈で、此の党の相談に与(あずか)る程の身分ではない。第一まだ此の党の大首領の名前さえ知らない程だもの。」

 町「大首領の名前は君ばかりでない、仲間中(うち)に一人も知った者はない。又大首領が相談の席へ出るにも、常に仮面を蒙(かぶ)って居るので、其の顔を見た者もないもの。だけれども二十余人の党員は残らず大首領に心服して居る。」

 柳「所で今夜の相談は。」
 町「外でもない、党員の一人老白狐(ろうびゃっこ)と綽名(あだな)の附く奴がある。是は昨年頃加入した奴だが、其実、其筋の探偵と分かり、なおかつ其奴が今夜か遅くも明日中に、吾々の仲間を其の筋へ密告する積りで居る事が分かったので、今夜其奴(そやつ)を捕らえて来て、処刑にすると云うのだ。」

 柳條は初めて合点し、
 「成るほど党員の中に探偵があっては大変だ。爾々(そうそう)老白狐と云う名は聞いた事がある。」

 町「其上愈々(いよいよ)ブルボン家が再興になれば、吾々を探偵することが、益々厳重になるので、今夜の会限り一先ず此党を解き、一同が当分の中は銘々別々に働く事にする。依って君も僕も今夜の会議限りで秘密党員でない事となり、再び大首領から沙汰のある迄は何喰わぬ顔で自分の仕事をして居れば好いのだ。夫れだから君も明日から自由に瀬浪嬢の許へ出入りが出来る。」

 瀬浪嬢の名を聞く毎に、若紳士柳條が待遠しそうな色を現すのは、嬢の事が深く心に浸込(しみい)れるものと察せらる。町川は又言葉を続け、
 「夫れは爾(そ)うと、君は未だ吾が党の秘密集会所を知らないだろうネ。」
 柳「何でも此の岡の洞穴(ほらあな)の中だと聞いたけれど。其洞穴が何所に在るか見た事もない。」

 町「夫れが吾党の秘密さ。容易に人に知られては何もならない。此方(あっち)へ来たまえ、其の入口を見せて遣る」
と云いながら町川は先に立ち、右手の方にある崖の傍に行き、茂れる草木を掻き分けると、崖の下に当たる辺りに穽抜(くりぬ)きがあった。見るのさえも物凄い程なので、柳條は驚いて、
 「成るほど是か。」

 町「君は此の穴の来歴を知らないだろうが、元来此の門苫取(モンマルトル)の岡には粘土(ねばつち)の脈があって、数百年前から此のパリで家を建てるのに用いる土は、総て此の岡から掘採ったのだ。」

 柳「夫れで是が粘土を掘採った跡の穴か。」
 町「爾(そう)さ、今から二十年前迄は岡の周囲(ぐるり)に此様な洞穴が幾個(いくつ)もあったが、今はもうある丈の脈は掘尽くしたから、入口だけ塞いだけれど、唯此の穴が一つだけ残って居るのだ。」

 柳「では此の穴は深いだろう。」
 町「深いにも何も、殆ど此の岡の下を四方八方へ這い廻って居るのさ。此の岡は丸で空盧(うつろ)になって居るのだ。」
 柳「夫れで其の会議の場所は。」
 町「此穴を二町(200m)ほど奥へ入った所だ。今夜大首領を初め、一同は既に先程から此の中へ入り、君と僕とが入口に番をして居るのだ。」

 柳「何故番をする。」
 町「ナゼと云って、老白狐を捕えに行った奴が、未だ帰って来ないからサ。帰って来れば夫れと共に君と僕も穴の中へ入って行くのだ。」
 柳「夫れで老白狐を詮議(せんぎ)《取り調べ》をするのか。」
 町「爾(そう)サ、詮議の上一同の詮議を以て生き埋めにして仕舞うのサ。」
 生き埋めとは聞くのさえも恐ろしい処刑なので、柳條は身震いし、
 「生埋めとは惨酷だ。夫れを僕に任せて呉れれば、僕が立派に名乗り合って決闘し、腕尽(うでづく)で殺して遣るが。」
 町「イヤ君は何うも男気があって、時々其の様な事を言い出すから困る。決闘する暇がある者か。」
と二人が密々(ひそひそ)語らう所へ、向うの方から数人の群衆が足を揃えて歩んで来た。町川は柳條に向かい、

 「夫れ来た。党員が老白狐を捕えて来たぜ。」
と細語(ささや)いた。



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