巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.5.14

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     活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

     第十四回 叔父の遺言  

 勝誇った柳條健児も、今は運の神に見捨てられてしまった。彼の片目片腕の日耳曼(ゲルマン)士官が来てからは、為す事悉(ことごと)く図に外れ、今まで勝集めた大金を、早や半ば以上負け尽くした。負ける丈の事ならば、敢えて立腹するには当たらないけれど、日耳曼(ゲルマン)人は我が国の敵だと云うことに加え、あの片目士官は、充分我れを怒らせようとする様に、我れ若し黒札を選べば、彼れ必ず赤札を取り、我れ一万法賭ければ彼も又一万法を賭る。

 故意に我れを辱める心がなければ、此の様な面当(つらあ)てがましい挙動に出る筈はない。性得短気の柳條なので、耐ええ兼ねてか声を発し、
 「貴方は歌牌の法に背き、胴元を敵とせずして、私を敵とするのですな。」
と云うのに、日耳曼(ゲルマン)人は此の言葉を理解する事が出来ないと見え、返事もしなければ、見向きもしないので、柳條は益々癪に障り、

 「之は可笑しい。此の田舎者は巴里の言葉を知らないと見える。」
と嘲(あざけ)れば居合わす人々は一様に吶(どう)と吹き笑う。しかしながら独逸士官は未だ知らぬ顔である。

 柳「失礼な奴だ、言葉が分からなければ分からないなりに、又それ相応の挨拶があるのに、挨拶も返さず無言の儘(まま)で俺の向こうを張る。今に見ろ此の勝負が済めば、耳たぼを引き抜いて遣る。」
と云った。此の様に罵(あざけ)っても、感じないのは面憎いと柳條は又も必死になって、十四、五回(たび)戦ったけれど、我が勝つ事は三度に一度もなく、彼は殆ど続け勝の勢いで、早や柳條をして勝った丈残らず失わせた。

 柳條の手に残るのは、僅かに初めの資本(もとで)一万二千法だけなので、柳條は之だけ残してここを立ち去り、明夜又新たに勝負を始めようかと思って見たが、疑われるだけなので、今は唯だ自狂(やけ)となり、有丈を攫(さら)い出し、最後の一戦を試みた。

 けれど悲しいことに、是も又独逸士官に浚(さら)われて、一銭も無い身とはなった。平生の慰みの勝負とは違い、柳條は瀬浪嬢の為め栄三の為め、是非とも無くてはならない大金を、調達しようとの目的なので、忌(いま)わしさは限りなく、此の上は何の面目あって、上田の家の門を潜(くぐ)られよう。

 自ら我が脳骨を砕いて死ぬ以外はないと、その儘(まま)立ち上がって、殆ど狂った様に此の部屋を躍り出て、飛ぶ様に階段を下り庭の方へと走り出た。今まで人混みの一室で、汗水を垂らして居たのだったが、外に出ると俄かに空気の涼しさが身体に分かり、特に頭上の冷や冷やすることから、初めて帽子を忘れて来た事に気が付いた。

 扨(さ)てはと思って振り向こうとする折しも、背後から、
 「モシモシ貴方は帽子を」
と差し出す親切な人あり。誰かと見れば先の夜、珈琲店で逢い見た、彼の怪しい老人だったので、柳條は不機嫌にその帽子を引奪(ひったく)り、
 「オヤお前は又俺の後を尾(つ)けて居るか。」
と叱った。

 抑(そ)も此の老人は何故に柳條の為に、此の様に親切に帽子を取って来て捧げるのだろう。読者は既に察して居るのに違いない。 
 此の老人即ち先の夜、大暗室に於いて、今井兼女の手紙を開き、此の柳條の叔父に当たる金満中佐が、柳條に当て二百万法(フラン)の遺言書を認めた事を知った、栗山角三にして、その金子の半額を得ようとして、今まで柳條に逢うべき好機会を求めて居たものなのだ。

 彼れ幸いにも柳條が大金を失い、絶望して走り出る所を見たので、今こそと飛び立って、その後を追って来たのだ。それで彼れ、声を柔らげ、
 「イヤナニ、お前の後を尾けると云う訳ではない。大切な話があるので。」
 柳「ナニ俺に話が。」

 栗山「爾(そう)とも、爾とも。お前の身に取り大変に幸いな話だ。お前は先年露国(ロシア)で戦死した、古澤中佐の甥であろう。」
 我が叔父の名まで知っているのに、柳條は初めて不審の心を起こし、
 「それが何した。」
 栗「何したではない。実はその叔父の財産を、同じく甥に当たる鳥村槇四郎と云う悪人が、横取りしようと掛かって居るが、それをお前は未だ知らないだろう。」

 柳「叔父の物を、その甥の鳥村が取るのに不思議は無いだろう。知っても知らなくても、俺の気にする事では無い。」
と口には見事に言い放なったが、柳條は心の中で、既に古澤中佐が、遺言書をも認めず、行方知れずとなった事を、残念に思った程なので、満更他人事とも思われない。

 栗山角三は、一頃その筋の探偵まで勉めただけに、人の顔色を読むのに妙を得ているので、早くも柳條が幾分か、心を動かしたのを見て取った者の様に、短兵急に攻め入って、
 「所がその財産が鳥村槇四郎の物ではない。お前の物だ。お前が幼い時からして、古澤中佐がお前を子の様に可愛がり、それに引き換え鳥村を痛く憎んで勘当までした事を、お前は未だ覚えて居るだろう。」

 「アア此の老人は如何にして、他人の内事を是ほどまで深く知っているのだろう。」
と柳條は怪しみながらも、
 「勘当しても仕方がない。鳥村は血筋を引いた甥だもの。」
 栗「サアそれが爾(そう)ではないのだ。古澤中佐が死ぬ時に、一通の遺言書を認めて、二百万の財産を残らずお前に譲ってある。」

 柳「ナニ遺言書を。」
 栗「爾(そう)サ、遺言書を。所がその遺言書が今は妙な人の手に渡り、既での事に鳥村の手に入ろうとして居る。愈々(いよいよ)鳥村の手に入れば、彼は直ぐにその遺言書を焼き捨てて仕舞うから、お前は二百万法(フラン)の財産を唯取られる。私は幸いその遺言書の文句も見たが、充分に有効な者だから、お前の為に取り返して遣りたいと思って。」

 是まで聞いて柳條は、漸く心が解け、見ず知らずの老人が遺言書を見たと云うのも不思議だけれど、この様な事を偽りで話す筈はないので、半信半疑の思いをして、
 「フム、取り返して呉れ度ければ取返し呉れるが好いが、何も大業に前以て断るに及ばない訳だ。」

 栗「爾(そう)は了(い)かない。篤(とく)とお前と約束を決めて置なければ。」
 柳「成るほど分かった。遺言書を俺に渡せば、幾等礼金を呉れるかと、その点を前以て決めて置き度いと云うのだな。」
 栗「爾(そう)サ、爾サ。お前は思ったよりも好く話が分る。」
と云う折しも、又もや後ろから軽く柳條の肩に手を置く者あった。振り向いて見ると、是は誰あろう、歌留多室で初めに我と戦った英国士官の一人である。


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