巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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ikijigoku20

活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.5.20

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     活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

     第二十回 待ちに待った伝言 

 禍変じて幸いとなるとは、栗山角三が事に違いない。一旦は大事な柳條を失うかと気遣った恐ろしい決闘も、反って柳條を我が手許に蔽(かく)まって置く種とはなった。柳條の傷の様子は、気遣(きづか)わしい事ではあるが、棒田夫人の診断(みたて)に由れば、遅かれ早かれ治癒すると云うことだ。左すれば柳條は先ず我がものである。嚢(袋)の中の鼠に均(ひと)しい。

 唯此の上は、金満中佐の遺言状を持って来る今井兼女を探し出すのが大切である。今井兼女は何所に居るのだろう。柳條健児に向かっては、既に遺言状を読んだ様に言ったが、実は未だ読む事は出来て居ない。草を分けるほどに探したけれど、兼女の居所は全く分からない。一寸の手掛かりさえ掴めて居ない。

 今まで栗山角三が兼女を探した手続きを記すと、角三は今井兼女の手紙を読んだ翌日、直ぐに大暗室支配人の職を辞し、用なしの身となったのをを幸いに、直ぐに馬車会社に飛んで行って、此の頃ペリゴーから来た乗客を一々に調べた。馬車の乗客は多く男で、今井兼女と思われる者は1人も居ない。

 是より三日の間に、女客は僅かに三人居たので、悉くその身元を調べたが、一人は或官吏の妻で、一人はその妹である。戦場で飯炊きを勤めて居た今井兼女には、似ても附かない。今一人は馬車会社に着いてから、何の宿屋に行ったのか、全く分からないと云う事なので、是こそと思って、綿密に行方を探した所、終に在る町の親戚の家に居る事とが分かり、親しく逢って聞き糺(ただ)したところ、此の女は貴族の端に連なり、曾て共和政府となった頃、その家産を没収されたが、此の度又国王が帰ったと聞き、財産の取返しを願がう為め、急いて巴里に来た者である。

 三人とも今井兼女では無い。更に念の為にと云って、荷物運搬の馬車屋に聞いた所、ペリゴーから年若い男を載せて来たけれど、此の男は武官の息子で、父親が戦場で手傷を負い、白耳義(ベルギー)に渡ったので、その後を追い、白耳義(ベルギー)へ行く者であったとの事で、その外には此の頃ペリゴーから巴里に来た旅人は居ない。

 角三は非常に失望したが、更に考えて見ると、今井兼女は此の上ない用心深い女で、特に鳥村槇四郎に彼の遺言状を奪われる事を恐れ、様々に用心をしている者である。それだから馬車で行くと言い置いて、実は徒歩(かち)にて来るに違いない。徒歩ならば今も途中に在って、巴里へは着いていないに相違ないので、未だ失望の時では無い。

 彼(あ)の手紙の様子では、柳條健児の住居(すまい)さえ知らないので、此の地へ着き次第、直ぐに陸軍事務局へ行き、柳條の居所を聞き合すか、そうで無ければ手紙に在った通り、柳條からの返事を聞く為、郵便局へ問合わせるのに違いない。

 郵便局と陸軍事務局と巴里の入口と此の三カ所へ人を遣り、一週間見張らせたならば、百に一つも仕損じなしと、角三はこの様に思って、それから以前から懇意な探偵三人を雇い、今井兼女を見附け次第、直ぐにその後を尾(つ)けて行って、確かに宿所を見届けよ。」
と三人に言い聞かせ、一人を巴里の入口、一人を陸軍事務局、一人を郵便局へと遣(つか)わせた。

 その日から、毎日の様に三人からの便りを待っていたが、三人は毎(いつ)も毎(いつ)も名刺の裏に、「今日は何事もなかった」と記し、之を角三の住居の郵便箱へ投げ込んで行くバカリ。角三は毎夜料理屋で夕飯を喫べ、十時過ぎに帰って来て、怠らず郵便箱を開けるけれど、3枚の名刺は一たびも吉報を記さず。

 「アア今日も又同じ事か。」
と嘆息して我が寝室(ねま)に退く事、既に四晩に及んだ。今夜こそは柳條を捕らえた手際と云い、至極幸先(さいさき)の好い晩だから、必ず吉報があるに違いないと、彼(あ)のエンフア街の家を出てから、勇み勇んで住居に帰り、例の様に郵便箱を開いたところ、三枚の名刺の中一枚の裏には、毎(いつも)より稍々(やや)長い文言が認めてあった。

 此の時夜は既に三時を過ぎていたので、消え残る街燈の光に透かしたが、その文言は読み取るのが難しかった。急ぎ我室に上って行き、蝋燭に差し付けて之を読むと、兼ねて郵便局を見張らせてある小根里と云う探偵の名札の裏に、

 「今朝郵便局へ来た女がありました。きっと是に違いないと思いましたが、その跡を尾(つ)ける事が出来ませんでした。併し明朝又来る筈ですので、明朝は貴方自ら、早くから郵便局に来て見張り給え。併し君の素顔では具合が悪い。旨く姿を替え給え。貴方が自分でその後を尾けて行けば、必ず好結果を得るに違い有りません。」
とあり。角三は読み終わって躍り上がった。

 「占(し)めた。占めた。到頭来やがった。併し今朝小根里がその後を尾ける事が出来ないとは何故だろう。フム余程ずる賢しこい女と見えるな。先ア何でも好いわ。今度は俺が行くから大丈夫、先がずる賢いなら、ずる賢いだけ此方も又工夫がある。益々面白くなって来たぞ。けれども姿を変えて来いと云うのが可笑しい。

 今まで見た事のない女の後を尾けるのに、姿を変えるにも及ばない筈だが。是も訳のある事なのだろう。ハテナ、何う変えたら好いかな。爾(そう)だ柳條の友達と見せ掛けるのだから、非役士官が一番好い。俺は柳條と同じ隊に勤めて居て、此の頃フランダルから帰ったばかりだと云えば、兼女も必ず信ずるだろうテ。

 時に早や四時になったぞ。郵便局は八時に開くからもう寝る暇はない。今から仮鬘(かつら)を附けたりすれば、丁度好い時刻になると、角三は独り頷(うなづ)き、次の部屋に移って行って、押し入れの戸を開き、仮鬘(かつら)、その外を取り出し、鏡に向かい我が姿を作り始めた。



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