巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第二十二回 逆襲される角三 

 低い背丈を高く見せ、高い背丈を低く見せることは、探偵の名人と雖も更に難しいとする所なのに、栗山角三が尾(つ)けて来た彼の男は、初め人並より低く見せ、今は人並より高くなった。確かに身の丈を五寸ばかり延ばしたり縮めたりする術を知って居る。

 侮り難い敵であると思えるので、角三は充分に注意をして、尾(つ)いて行くと、彼れは何うやら角三に自分が後を尾けられて居る事を悟った様に、或る時は足を早めて一町(108m)ばかり歩むかと思えば、忽ち又歩みを遅くし、その都度密かに横を向いて、後目(しりめ)に角三を眺めるている様だ。

 「さては彼奴(きゃつ)、背中に目のある様な奴だ。中々油断がならないワ。」
と呟きながら行く中に、伹(と)ある公園に出た。見ると向うの方から歩み来る一人の男、是こそ我が雇っている探偵小根里であったので、角三は私(秘)かに喜び、その傍に進みより、

 「実は昨夜、お前の名札に今朝早く姿を変え、郵便局へ来て居ろとあったから、その通りに従って今アノ男を尾けて来たが。」
と云い掛けるのを、小根里は周章(あわてて)押し留め、
 「ここでは了(い)けません。アノ男は大変な強敵です。委細は後で話ましょう。ボーヤ街の珈琲店に待って居ますから、貴方も後からお出なさい。」
と言い捨て後をも見ずに小根里は立ち去った。

 大膽(だいたん)不敵な小根里が、これほど迄に云うからは、益々容易な相手では無い。好し好し委細は珈琲店で聞く事とし、先ず行ける丈は尾(つ)けて行こうと、是から用心に用心して、又も一町(108m)ばかり尾行(つけゆき)したが、彼の男は彼方に見える酒屋へと入って行った。

 アア〆た。続いて酒屋に入って行けば、充分に彼の様子は分かるに違いないと足を早めて、己も酒屋の前に行き、入って行こうとして、その中を一目見るなり角三は悸(ぎょ)っとした。この店は是れ王権党の士官が、絶えず寄り集う所であって、もし我如き非職士官の身形(みなり)をした者が、その間に交じり入ったならば、必ず共和党と認められ、打ち続く戦争に殺気を帯びている士官達から、喧嘩を吹っ掛けられること必定である。

 さては彼奴(きゃつ)め、早くも我が偽士官であることを見破り、我れがこの店へは、入ることが出来ないだろうと知って、如何(どう)しても我れを巻きたいが為に、士官の中に紛れ入ったかと、忌わしさに我慢が出来なかったが、如何とも仕様がなかった。

 更に又、突き当たりのテーブルに向かい、熱心に何事をか話しをして居る二人の士官は、擬(まが)う方なく、昨夜柳條の決闘に独逸(ドイツ)士官の介添人を勉めた、彼の英国士官だったので、この二人は今だ我が顔を覚えて居て、偽士官と見破るかも知れない。

 見ると彼の怪しの男は、英国士官の背後に座し、内々二人の話を聞く様子だ。二人の話は必定昨夜の一件にして、時々は柳條柳條と言う声さえも聞こえる様なので、角三は佇立(たたず)んで怪しまれるより、少し離れて彼の男が出て来るのを待つ方が賢明だと、二十間(26m)ばかり後に帰り、公園の柵(やらい)に寄って待って居ると、頓(やが)て彼の男は酒屋から出て来た。

 出て来て四辺(あたり)を見廻す様子だったが、我が姿を見認めるやいなや、不思議にも我が方に向かい歩んで来た。アア彼れ大膽(たん)にも、我が顔を見覚えようと思って居るのだ。角三は益々忌わしかったけれど、それとなく身を反して、元来た道に帰って行くと、彼は我が後を離れようとしない。

 奇なる哉。今まで角三に尾(つ)けられて居た彼の男、今はアベコベに角三の後を尾(つ)けて来る事となった。彼れは益々只者では無い。角三の上を越す腕前である。角三は半町(50m)ばかり行く度に振り向いて背後を見ると、彼れは執念深く尾けて来る。

 彼の身の上を突き留めようとの心は消え、今は唯何うかして彼を迷(ま)こうとの一心で、空しく遠近に目を配ると、幸い公園の一方に当たり、一群れの軍人があった。王権党の現役士官も共和党の非役士官も、その他の人々と打ち交って居る。さては是こそ、この度帰って来る、国王の巡幸を見る為と察せらる。

 角三は足を早めてその中に潜(もぐ)り込み、又も背後を振り向くと、有難や彼の男は何所にか行ったと見え、今はその姿は見えなかった。是なら国王の通った後に、群衆に紛れて帰り去るとも、彼に認められる憂いは無いと、斯(ようや)く思う中、早や国王は馬乗にて近衛の兵に辺りを払わせ、威儀堂々と練り来る。

 王権党の人々は一斉に歓呼の声を挙げたが、その声が漸(ようや)く終わって、国王が既に十間(18m)ばかりも行き過ぎた頃、角三の背後に当たって、
 「国王を叩き殺せ」
と叫ぶ声あり。

 王権党の士官等は一同、角三の方に振り向いて、
 「誰だ誰だ不敬の語を吐いたのは、誰だ。」
と云う。角三も驚いて振り向くと、これは何したことだ、何処かに行ったと思った彼の男、何時の間にか我が後ろに隠れて居て、不敬の語を吐いたのも、この男に相違ない。

 此の男は一同の騒ぎ立とうとするのを見て、角三を指さしつつ、
 「今不敬の語を吐いたのは、此の非役士官ですぞ。」
と叫ぶ。さては此の男、我を不敬の罪に落とそうとして、彼の語を発したのかと、角三は且(か)つ驚き、且(か)つ怒かったが、 一同に向かって言い開こうとする暇もなく、王権党の人々は早や鉄拳を握り上げて、角三を撃ち殺そうとした。



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