巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.5.28

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第二十八回 澤子に手を引かれる柳條 

 瀬浪嬢が杖とも柱とも頼んでいた乞食の児伊蘇譜(イソップ)は、何者とも知れない人の為め、戸の中に引き込まれ、その姿が見えなくなった。抑(そもそ)も是れは何人の仕業だろうか。読者は既に推測したことでしょう。

 今しがた嬢に逢った彼の老人は、即ち栗山角三で、嬢が柳條健児の事を問うたことに打ち驚き、我が是ほどまでも秘密に隠(かく)まっている者を、この女如何にして伺い知ったのか、又何用あって尋ねて来たのか、容易ならざる事柄なので、角三は直ぐに露路を潜り裏門から我が家に入り、下僕杢助に言付けて、嬢が入口の戸を叩くのを待って居たのだ。

 やがて戸を叩く音を聞いたので、直ぐに杢助に命じて襟髪を取り、引き入れさせると、嬢では無くて子供だったので、再び打ち驚いたが仕方が無い。
 「此の餓鬼を穴倉の中へ押し入れて置け。後で俺が調べるから。」
と命じて、己(おの)れは窓の此方(こちら)から覗き見ると、嬢は暫時(しばし)が程、仰天の様子であったが、何事をか思い定めたと見え、独り頷(うなず)いて、その所を立ち去った。

 「杢助(もくすけ)アノ女を捕らえて来て、調べようか。」
 僕「でも捕らえれば、声を立てます。近所の人が出て来ると面倒です。」
 角「爾(そう)だナア。仕方がない。併しアノ女は何者だろう。」
 僕「何でも何所かの女工でしょう。柳條に恋(ほれ)たとか腫(は)れたとか云うので、それで尋ねて来たのに相違ありません。」

 角「それにしても柳條がここに居るのを知ったとは、実に不思議だ。」
 僕「ナニ旦那、それは穴倉へ鎖(とじ)込めた今の餓鬼を調べれば分かりましょう。」
 角三は直ぐに彼の餓鬼を調べる所なれど、今はそれよりも、もっと気に掛かる事があるので、

 「イヤその調べは後にするぞ。」
と云い捨て、奥の間に退いて、日頃相談相手とする棒田夫人の傍に行き、
 「大変だよ。柳條をこの家に隠してある事を早や知った奴がある様子だ。」
と云うと、夫人も角三と同じ思いで、

 「それは大変ですネ。早く事を運んで仕舞わなければ。」
 角「爾(そう)サ、だけれど未だ肝腎の今井兼女の居所は分からない。先日も話した通り何でも未だこの巴里へは、来て居ないに相違ない。来る積りで未だ来ないのだろう。それだから直々兼女に逢う為に私が早速ペリゴーへ出張しよう。」

 夫「でも貴方、兼女に逢う前に、先ず柳條と約束を決め、愈々(いよいよ)遺言書が手に入れば、百万法(フラン)だけ分けて呉れると云う約定書に、調印させて置かなければいけないでしょう。」
 角「爾(そう)サ、それだから今直ぐに柳條をここへ呼び、調印させようと思うのだ。」

 元来角三はこの様な事を、他人に相談する気質では無いが、この度の事は、己(おの)れ一人の手に余り、棒田夫人に力を借りる事が多く、特に柳條を介抱し、又柳條がこの家に居る事を隠すなど、一々夫人の手際に由る事なので、夫人を充分に我が意の様に働かせなければならないと、夫人に向かい事の次第を打ち明かし、愈々百万法(フラン)手に入って、柳條と我が娘澤子と合わせて二百万法の新世帯を持つ事となったなら、褒美として五万法の金子(かね)を与えようと、堅く約束してあるので、夫人も此の事件をば、宛も我が事の様に心配するのだ。

 夫「それが好う御座いますよ。何でも早くここへ呼び、調印させなければ、追々全快するに従い、アノ様な聞かぬ気の男だから、もし無理に外へ出るなどと云い出すと困ります。」
 角「ナニ外へは出ない。出れば国事犯の嫌疑を以って、直ぐに捕まると俺が威(おど)して居るから、それは先ず大丈夫だが、併し澤子との間は何う云う具合だ。」

 夫「サアそれが誠に気に掛かりますよ。澤子の方では気の違うほど思って居ますが。柳條は何か心に掛かる事があると見え、唯礼儀正しく澤子に附き合って居るばかりで、時々心配顔をしていますよ」

 角「ハテな、若い男がアノ澤子にそれほど思われて、心を動かさない筈はないが。」
 夫「イエ、私が思うには、何でも外に柳條の深く思っている女があるのですよ。その女の事ばかり思って、澤子の綺倆(きりょう)が未だ目に附かないと思われます。」

 角「それを目にに附く様にするのはお前の役目だ。」
 夫「ですから私も色々心配して居るのです。」
 角「今澤子は何をして居る。」
 夫「一生懸命に柳條の絵姿を書いて居ます。柳條の顔を見ては描き、見ては書いて居ますから、絵姿の出来上がる迄には、柳條も必ず澤子の綺倆が、目に附くだろうと思います。」

 角「好し好し、それは先ず何所までも気永くお前に任せるとして、是から柳條と話し合って、愈々調印に取り掛かろう。」
 こう言う折しも、柳條健児は澤子に片手を引かれながら、離れ座敷から庭の方へと出て来た。



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