巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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活地獄(いきじごく)(一名大金の争ひ)(扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.5.4


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      活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

            第三回 正当な裁判を

 「自由の敵は容赦なく殺すべし。」
と言って、彼の秘密党の大主領が一同に誓わせようとする折しも、独り突然と進み出でた若紳士柳條は、憶す色もなく大主領を先ず佶(きっ)と眺めて、
 「公明正大の手段を用い、決闘を以て敵を殺すなら、幾人(いくたり)でも厭(いと)いませんが、闇討ち或いは暗殺などと云う卑劣な手段で敵を殺す事は、拙者決して賛成致しません。」

 此大膽(胆)な言分に、一同は驚いたが、大主領は非常に厳(いか)めしい声を放ち、
 「自由の為国家の為には手段を選ぶのに暇がない。仮令(たと)え暗殺にもせよ闇撃(討)にもせよ、一人でも多く敵を殺せば、それだけ我党の勝利と云う者。」

 柳「イヤ爾(そう)は行きません。拙者は長釼(サーベル)を以て敵と闘うとも、ヒ首を以て暗殺する事は、我が心が許しません。」
と固執して動かないのに、大主領は柳條の日頃の気質を知っていると見え、
 「イヤ外の者なら左様な我が儘(まま)は云わせないけれど、是まで屡(しばしば)決闘の上に手柄を現わしたそなただから、此の後ともに其の精神を忘れない様に務められよ。」
と云う。

 是にて一同の異存の無いのを見、大主領は更に尖鍬(とぐわ)を持っている人々に向かい、
 「サア用意が能(よ)ければ、前の曲者の生埋めに取り掛かりましょう。」
と述べる声に応じて、四、五人の者が我先にと進み出で、袋の儘(まま)に曲者を舁(か)き上げながら、既に一方の土柱に掘り開けてある穴の中に投げ入れて、情けもなく上から土を被(かぶ)せようとする。

 柳條は前から聞いて居た事とは云え、今更の様に打ち驚き、目を張り詰めて眺めて居たが、余りの乱暴に見ても居られず、
 「生きた者を袋の儘(まま)で地に埋めるのは惨酷です。」
と云いながら、土柱の方に馳せて行こうとするのを、四辺(あたり)に在る四、五人の党員は直ちに柳條を抱留めて、
 「今更何故に邪魔をなさる。」

 柳條は揉掻(もが)きながら、
 「邪魔などとは怪しからぬ。生きた人を袋の儘(まま)で地に埋めるのは自由の許さない大罪である。」
 実に此の言葉の通りである。真に自由を望む者は、この様な惨忍刻薄の事を行うべきでは無い。

 大主領は又声を発し、
 「イヤ其の言葉は一応道理であるが、袋の中の曲者は金の為に我々の生命を其の筋へ売ろうとする、自由の大敵であることに依り、背に腹は代えられない。」
 柳「イヤそれにしても、一応彼を尋問しなければならないでしょう。」

 主「既に我が党一同の同意を以て裁判を言い渡したからは、今更尋問する事はない。」
 柳「イヤイヤ爾(そう)はいきません。裁判をするなら充分被告に尋問し、言うだけの事を言わせ、篤(とく)と聞き糺(ただ)した上で、初めてその罪を定めるのです。被告に一言も言わせずに直ちに死刑に処すると云うのは、裁判ではありません。謀殺です。人殺しです。」

 主「でも是が我が党の規則である。被告に一々言い訳させ、それを便々《のんべんだらり》と聞いて居ては果てしがないと云うものだ。」
 柳「仮令(たとえ)規則にもせよ、切めては袋から出し、その顔を検めて当人に宣告を言聴かせ、その上で殺すのが当然です。暗がりで捕らえて来て、顔も見ずに埋めて仕舞い、万一人違いでもあったら何とします。我党は如何なる権利を以て、斯(か)かる無惨な裁判を。」

 主「彼れ既に我党に加入する時、我が党の規則に従うと誓った故、我が党は我が規則に由り、如何様にも彼れを処分する権利がある。此の処分を行うのは、今が初めてと云うのではなく、既に此れまで幾人も生き埋めの刑に処し、その土の跡が未だ草も生えずに残って居る。若しそれを疑わば四辺(あたり)の土柱を検められよ。所々草の生えてない所は、皆生き埋めの後である。」

 柳「それは益々以て聞捨て難い。今まで幾人(いくたり)生き埋めにしたとしても、それは拙者の知らぬ事。知った上は何うしても異存を唱えます。それほど惨酷な事をするよりも、寧ろ彼の住居(すまい)で彼を刺し殺した方が未だしも男らしい仕打ちでしょう。顔も見ずに生き埋めとは聞いた事もない乱暴です。」

 主「イヤ爾(そう)出来ない訳がある。彼の宅で殺して仕舞えば、その死骸が後に残る故、死骸から足が附き、遂に我党へ疑いが掛かって来る。それを此の穴で埋めて仕舞えば、死骸が何時までも現れない故、誰も殺された者とは知らず、外国へ出奔でもしたのだろうと詮議(調査)もせずに済んで仕舞う。それに今袋から出し、彼の顔を眺めれば、一同憐れみの心が起こり、彼を殺すに忍びないと云う情が起こりましょう。」
と言って大主領は一々柳條を説き伏せようとする。

 柳條は元と士官学校を卒業し、戦場にも従った事があって、向こう見ずの勇気があるので、今は益々腹立たしく、其の儘(まま)大主領に飛び掛かろうとする。
 身は党員に抱きすくめられている事なので、動く事さえ叶わない。

 其の中に大主領は問答無益と云う振りで、
 「其の者を摘み出せ。」
と命ずると、一同は声に応じ軽々と柳條を釣り上げて足早に運び去り、凡そ一町(108m)以上も隔たったと思う所で大地へ摚(どう)と投げ棄てた。捨てられながらも柳條は更に屈せず、直ぐに立ち上がって、四辺(あたり)を眺めたが、今しも我を釣り上げて来た者は、何所に消えたのか、四辺(あたり)一面の闇にして目に遮る者もなかった。

 耳を澄まして打ち聞いたが、彼等の足音も聞こえない。己れ無礼な振舞いである、再び闇を探って穴の奥に尋ね行き、彼の生き埋めにされようとしている、憐れむべき曲者を掘り出し、其の顔を見、其の言い立てを聞いた上で、然るべく処分しようと、心のみ早やったが、何方に向かい進んだら好いのか、穴の様子は更に分からない。

 そこで又思い廻せば、我が身には思い思われる瀬浪嬢がある。軽々しく人と争い、我身を損する事があっては、嬢が身を如何したら好いか。其の上今から探り探って引き返えす間には、彼等既に曲者を埋め終わり、灯かりを消して解散するのは必然だ。最早や取返しの附かない事に彼是れ心を痛めるよりは、嬢と婚礼の約束が調う迄は、身を大事にするに越したことは無いと、我に問い我れに答え、漸(ようや)く心も落ち着いたので、是から又探り探り当途(あてど)もなく迷ううち、漸く穴の入口に出て来る事が出来た。




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