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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第三十二回 これぞ大金の争い  

 町川友介の家は既に記した様に、門苫取(モンマルトル)とヂョアン街の角に在る。前は通例の店家であるが、横手は非常に静かな入口である。町川は馬車を横手の入口に着け、ここから入って先ず番頭の浮羅吉と云う者を呼び、之に伊蘇譜(イソップ)を任せて置き、更に柳條を案内して二階へと上った。

 二階は立派だと云うほどではないが、世を忍ぶ柳條には最良の住居である。頓(やが)て席が定まるのを待ち、
 「柳條君、一体全体君は何う云う訳で、アノ様な怪しい家に閉じ籠められて居た。瀬浪嬢への手紙で見れば、何か博奕場(ばくちば)へ入り込んで喧嘩でも仕たかと思われるが。」

 柳「爾(そう)よ。お察しの通りだ。実は歌留多の事から独逸士官に決闘を挑まれたが。」
 町「フム、君の事だから見事勝ったには違いないが。」
 柳「イヤ見事とは行かないよ。随分痛い怪我をしたテ。それが何うも不思議な決闘で、小刀(ナイフ)を以て馬車の中で闘ったのサ。」

 町川は思い当たる所がある様に、
 「エ、馬車の中、それではカン・プエリシーの空き地じゃなかったか。」
 柳「爾だよ。君がそれを何うして知って居る。」
 町「ナニ彼(あ)の原で、独逸士官が殺されたとか云う事を、馬車の馭者が訴へ出たと云う噂を聞いたからサ。」

 柳「オヤオヤ彼(あ)れ程秘密にした事が、早や噂になって居るか。」
 町「ナニ世間一般の噂じゃない。唯だ僕などの様な秘密事件に気を注(つ)ける連中の間に、一寸噂のあったばかりサ。」
 柳「では無論その筋で、僕に目を付けて居るだろうネ。」

 町「イヤ目を着けては居るけれど、之は決闘の為ではない。決闘の相手が君だと云う事は無論、その筋でも知るまいよ。」
 柳「では、何の廉(かど)《理由》を以て僕に着目する。例の秘密党の一件かネ。」

 町「ナニ秘密党の為なら、君よりも僕が先に目を附けられる筈だが、僕の家は無難で居て、君の宿ばかり巡査や探偵に注意せられる所を見れば、察するに別の事件だ。君がソレ何時か話したーーー珈琲店で新聞紙を読んで居る奴が癪(しゃく)に障ったから、名刺を出して決闘を挑んだと云っただろう。其奴(そやつ)が探偵らしかったとは、君の鑑定だったが、何でも其奴が君を怪しいと思い、国事犯でも遣り相な奴だと、長官に通じたのだろう。」

 柳「成る程そうかも知れない。何となく面附(つらつ)きが面白くない奴であった。」
と話は知らず知らず枝道に入ろうとしたが、町川は取り直して、
 「イヤそれより未だ合点が行かないのは、初めに聞き掛けた一条サ。君は決闘の後で、何うしてアノ家へ閉じ籠められた。」

 柳「それが中々不思議な次第。アノ家の主人、栗山角三と云う者が、僕の決闘の介添人を勤めたので、僕が怪我をして夢中になった所を、介抱の為自分の持家へ連れ込んだのサ。」
 町「ソレにしてもその様な親切な人が、君を閉じ籠めるのみならず、君の手紙を握り殺すとは、合点が行かないじゃ無いか。」

 柳「それには又訳があるので。彼奴(きゃつ)め、何うかして当分の間、僕を友人にも逢せず外へも出さず、我手許へ引き付けて置きたい事情があった。」
 町「何う云う訳で。」
 柳「その訳は随分長い事で、一朝一夕の話にはならないが、掻い摘んで云えばこうサ。僕の叔父に古澤中佐と云う者があって。」

 町「それは知っているよ。露国(ロシア)の戦争で死んだ金満中佐だろう。」
 柳「爾々(そうそう)、その金満中佐だ。所が角三の云うには、金満中佐が露国で死ぬ時に、財産を悉皆(ことごとくみな)僕に渡すと云う遺言書に認めて死んだので、その遺言書が今は他人の手にあって、それを角三が知って居るから、持って来て僕に売り付けて遣ろうと云うのだ。」

 此の話を聞き町川は少し不審の色を現わし、
 「ハテな、良く似た事もある者だ。その遺言書を君に渡すその代価が百万法(フラン)と云うのじゃ無いか。」
 柳「君それを何うして知って居る。」

 町「イヤ確かにそれか、それで無いか分からないが、僕の聞き噛(かじ)って居る事件が、若しそれならば非常な事件だよ。君先ず僕の問に答え給え。その栗山と云うのは何の様な男だ。」
 柳「小作りで年の頃が五十六、七で。」

 町「外へ出るのに竹の杖を持っては居ないか。」
 柳「持って居る。持って居る。何でも東洋から土産に貰ったと云って。だが君がそう知って居るのは不思議だよ。」
 町「イヤ待ちたまえ、それで角三は現に君の叔父の遺言書を我が手に持って居るのか。」

 柳「イヤ持っては居ないが、是から二、三週間旅行して取って来ると云って居る。」
 町「勿論何所へ旅するのか、その行き先は云わないだろうね。」
 柳「イヤ、云ったよ。露国(ロシア)へ行って来ると。」

 町川は案に相違した様に、
 「ナニ露国へ、」
 柳「そうだよ。何でも露国の欲張った士官が持って居ると云う事で。」
 町川は暫し考え、
 「フム奴は中々の奸物だ。露国へ行くとは旨(うま)く偽った。」
 柳「イヤ露国へ行くと云うのは、偽りではなさ相に思われるが。」

 町「イヤ待ちたまえ。未だ君に問う事がある。」
と言って町川は、恰(あたか)も我が事の様に乗り気になり、進み出て又何事をか問い出そうとする。是より町川が角三の秘計を見破り柳條に代わって彼と競争を始めようとする。
 是こそは大金の争いである。


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