巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第三十四回 鳥村の手紙 

 栗山角三を出し抜き、彼より先にペリゴーに行き、今井兼女に逢おうとの目的で、早々に柳條に分かれを告げた、彼(あ)の町川友介は、果たしてその夜発の郵便馬車に乗る事が出来たのだろうか。いや郵便馬車は唯三人の客を載せるだけなので、一足遅れれば満員になって断られる事がある。

 町川は果たして断られずに、乗り込んだのだろうか。もし乗り込んだなら、車中を如何に過ごしたのだろうか。同夜その馬車に乗った或人が、愛人に送った手紙を見れば、自ずから分かるだろう。ここにその手紙を載せる。又此の手紙の差し出人、或人とは誰なのだろうか。是も読み終われば、明らかになるだろう。

 我が最愛の愛しい人、添田夫人よ。私は二百万法(フラン)の財産相続事件の為、警視総監の許しを得てペリゴーへ向け出発し、午後五時を以て巴里(パリ)の外れから、郵便馬車に乗り込んだ。私は唯だ今井兼女(かねじょ)に逢い、彼(あ)の遺言書を手に入れる丈の目的なので、巴里に帰って再び御身の愛らしい顔を見るのも、近日の内に違いありません。

 此の相続事件は私一人の事ではありません。実に私と御身と両人が、後々の幸福を買う資本(元手)なので、御身も自分の事と思って留守を辛抱しなさい。夫人よ馬車は私を合わせて、都合三人の乗客です。私の為には極めて面しろい道連れと申せます。

 その一人は門苫取(モンマルトル)の食品商人で、仕入れの為にペリゴーへ出張すると言い、年四十余りの丸々と肥え太った男で、非常に多舌(おしゃべり)です。独りで話し、独りで笑い、少しも苦労を知らない様子ではあるが、悲しや此の人は全くの聾(ろう)にして、時々全く的外れな返事をなし、自分では成るべくその聾(ろう)を隠そうと、耳聡(さと)い風をして、私が笑えば何事か知らずに同じく笑い、明日の天気はと云えば、イエ私は独身ですと答えるなど、是ほど面白い道連れはありません。

 今一人は年の頃五十七、八、隠居風の老人で、顔も一寸見れば正直に見え、用向きを問えば貸地の地代を取り立ての為と答えるけれど、私は何となく此の人を疑っている。私は第一に此の人の鼻を疑っています。高くて丸いけれど、時々太くもなり小さくもなる様に思われるのは、護漠(ゴム)製の附け鼻に相違ありません。

 私は何でも此の鼻の尖(とが)って居る所に見覚えがあります。孰(いず)れにしても、どこかで逢った事がある人だと、色々思い出そうと考えますけれど、思い出せません。此の人は、厚い金縁の眼鏡を掛ているのは容貌を変える為で、頭の髪(毛)も確かに仮鬘(かつら)です。

 私は何とかして其の本性を見破ろうと思い、油断なく伺って居たら、翌日の昼となり、食事の為三人とも馬車を降り、或る飲食店に休憩した時、私は機を見て彼の後ろに行き、時計の鎖を彼の眼鏡に絡ませ、突然(だしぬ)けにその眼鏡を三間(約5.4m)ばかり先の方へ、跳(は)ね飛ばしました。

 此の術は以前から、私の自慢の早業なので、固(もと)より故(わざ)とした者とは見せず、徒爾(いたずら)に時計の鎖を振り廻ししながら、過って跳飛ばした様に思わせ、私は周章(あわて)てその粗忽を謝ろうしたところ、彼は私よりも一層周章(あわて)て、オヤと云いながら馳せて行き、その眼鏡を拾いました。

 三間も飛んだ眼鏡を、直ぐに認めて拾い上げるからは、彼れ、決して近眼では有りません。随分眼の鋭い人なのです。彼既に眼鏡を拾い、此方へと振り向く機(はずみ)に、彼の眼は思わずも、私の眼と見合いになりました。同時に私は忽(たちま)ち此の人の本性を見破りました。

 夫人よ此の老人を誰だと思いますか。アア驚くべし、是こそ先日私が、今井兼女への手紙を得ようとして、郵便局に行った時、私の後を尾(つ)けて来た老人です。其の時は非役士官に化けて居たので、私は公園で彼に王権党の士官をけし掛け、充分彼を苦しめました。彼は今、偽士官の身形(みなり)を捨て、偽隠居の風をして、又もや私と同じく、此の馬車に乗ったのです。

 私は今だ彼の真実の身の上を知りませんが、擬がいもなく私と同じ探偵であります。
 而も私と同じく、今井兼女の居所を探す者です。私は今、陸軍の厩(うまや)に勤める士官に化け、軍馬買い出しに行くと触れ込んで居るので、彼は未だ私が探偵である事を悟って居ません。

 彼が何故に私と同じく、今井兼女を探るのかは知りませんが、彼の先日の挙動と言い、また此度のペリゴー行きと言い、全く彼女を目的として居る事は、最早や疑う所はありません。私は今にその証拠を見つけて、再び御身に報知しましょう。

 夫人よ、私は既に此の老人を私の敵と見破ったので、是からは何うかして、彼れを苦しめてやろうと、色々工夫を凝らすうち、早や夕方となり、馬車はモージ山の坂道に掛かり、私ら三人は車を降り徒歩で山を登りました。私は今こそと思い、考えながら頓(やが)て峠に達したので、振り向き見ると、有難や、彼の老人は馬車から一町(108m)ほど後(遅)れて、喘ぎながら下の方から登って来ました。私は急いで前の食品商人の手を取り、馬車に飛び乗り、馭者に向かって、

 「オオ今の老人は最うズーッと先へ行って仕舞ったぜ。早く追っ掛けなければ乗り逃げをされる。」
と云うと、馭者は真実と思い、馬に鞭をあてて、一散に駆け出させた。アア愉快愉快、到頭彼の老人を迷(ま)き捨てる事が出来た。私がペリゴーの宿に着く頃、彼は未だ此の山道に迷って居るに違いない。

 私は心の中で、
 「ザマを見ろ。」
と呟きながら次の駅(宿)に着いて見ると、これは如何したことか、彼の老人は、百姓の馬を借り、之に乗って走らせて来て、此所で馬車に追付きました。私の計略は是で一旦は外れたけれど、私は更に彼を苦しめる工夫があります。

 私は警視総監の自筆の命令書を持っている故に、彼の地に着き次第、警察署へ行き、此の老人を怪しい者と密告します。彼れは又充分言い開くには相違ないけれど、夫れでも四、五日は警察署に留め置かれる事は必然なので、私はその間に兼女に逢い、我が目的を達するでしょう。夫人よ、吉報は今数日の中です。安心して私の帰るのを待ていなさい。私は二百万法の財産を懐中にして帰ります。

 私は今は、ペリゴーに着いたばかりです。是から食事を済ませて彼を密告します。取り敢(あえ)ず上だけの始末を報ず。
                               ペリゴーにて
              
             御身の未来の所天(おっと)  島村槇四郎

   添田夫人へ


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