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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第三十七回 鳥村の手紙2 

  ここに掲げるのは鳥村槇四郎から、その愛人に宛てた第二回通信である。

 「最愛の添田夫人よ。私は既に前の手紙に記した様に、無事に此の地に着いたので、直ちに活動を始めた。しかしながら未だ何の手柄もない。否手柄が無いのみならず、実は手を焼いて居る。私は第一に私の敵、私の競争者である、あの金眼鏡の老人を追い払おうと思い、翌朝直ぐに警察署に行き、その署長に逢い、私と同じ馬車で此のペリゴーに入り込み、同じ宿に泊まって居る老人は、国事犯の嫌疑のある者なので、直ぐに巴里まで送り返して欲しいと言い、警視総監の内訓書を示したところ、署長は早速承知し、兎に角も先ず宿屋まで出張して取り調べようと答えた。

 私は喜んで宿に帰り、彼奴さえ追い払えば、外に我敵は無いので、緩々(ゆるゆる)と今井兼女を探すことが出来るにちがいないと、充分に落ち着いて、唯巡査が取り調べに来る事のみ待って居た。頓(やが)て昼となり又三人で食事を始めた。私は主として例の聾(ろう)商人をからかいながら、且つ食らい且つ笑いなどして居ると、愈々(いよいよ)巡査が入って来た。

 第一に私に向かい、次に聾(ろう)商人に向かい旅行券を見せよと言ったので、二人とも直ぐに手提げの中から取り出して見せた。固(もと)より正当な旅行券なので咎められる筈もない。巡査は好し好しと言って、更に金眼鏡の老人に向かい、

 「旅行券は」
と云うと意外にも彼の老人は驚き周章(あわて)、
 「私は旅行券持って居ません。」
と答えた。旅行券が無いとは怪しい奴である。直ぐ警察まで同道せよと、未だ食事も終わらない老人を、その儘(まま)引き立て行った。

 アア愉快愉快、しかしながら彼は、今までの行動を見れば、目から鼻へ抜けるほどの狡猾者なのに、旅行券を忘れたとは何事だ。殆ど怪しむべき次第である。しかしながら私は益々安心し、此の日は聾(ろう)商人を相手に種々の事を話したが、此の聾商人は非常に気作な者である。唯愚直一方の男で、旅の徒然を慰めるには、是ほど適当な連れは無い。

 又翌朝に至り、愈々(いよいよ)兼女の調査を始めようと、私は例の通り、総監の内訓書を持って、今度は地方庁に行き、その長官に逢い、尤もらしい顔をして、
 「此の地に今井兼女と云う者がある。此の頃露国(ロシア)から帰った由であるが、此の女は外国にある革命党の密旨を帯び、
政府の挙動を探ろうとする嫌疑があるので、私は直々に兼女に逢い尋問する為めに来たものです。貴官に於いては宜しく兼女の居所を探り、明細に私に知らせて欲しい。」
と云うと、

 豈(あに)図らんや、口から出任せの言葉は全く図に当たり、長官の心と符合した。長官は私に向かい、
 「イヤ当庁に於いても、兼女が久々に怪しい姿で帰って来たのを見、若しや外国にいる革命党に使われる者ではないかと思ったので、先日捕らえて来て、取り敢えず牢に下してある。」
と答えた。

 然らば私を牢屋まで案内して欲しいと請うと、長官は心得て退き、稍々(やや)あって案内者を寄越した。男女の囚人二十人ばかり庭に出でて散歩していた。案内者に今井兼女は何れだと問うと、彼(あ)れですと指さし示す。私は一目見て夢かとばかりに驚いた。

 私が何故に驚いたと思うか。兼女と同じ腰掛に腰を卸(おろ)し、非常に親しそうに話しをする一人の老人があるのに驚いたのだ。此の老人は誰だと思う、昨日旅行券が無いと言って、巡査に引き立てられた彼の金眼鏡の老人なのだ。

 アア彼は何時の間にか、兼女が牢に居る事を聞き出し、逢って話をする為に、態(わざ)と旅行券を持たずと答えたのだ。何と憎い老人ではないか。私は暫(しば)らくの間、見開いた目も塞がらず二人の方を見詰めたまま立って居たが、老人は私の顔を見るやいなや、直ぐに私の方に歩んで来て、勝ち誇った顔で、

「お陰様で牢屋へ入れられましたが、素より怪しい男でないから、充分牢の中を見物すれば、身の言い開きを立て牢を出ます。何かご安心下さい。」
と嘲(あざけ)り笑った。彼は既に私の訴えにより、巡査が出張したことを察したと見える。

 私は平気の顔で其の所を立ち去り、再び長官に逢って、兼女と老人を同じ牢に置くのは宜しくない、老人は最も厳重な所に推し込めるべきだと云ったが、此の地方に於いては、牢屋が手狭で、男女を区別する事も出来ないと答えた。私は更に兼女を書記局まで呼び出させ、人を退けて兼女に向かい、

 「私は柳條健児の使いである。」
と言って、柔らかな言葉で賺(すか)《だます》したのに、兼女は実に類なき用心堅固の女である。充分私を信じた振りをして、実は私を信ぜず、巧みに遺言書の一条を問うたが、左様な遺言は知らないと答え、古澤中佐はベンシ―ナで川に溺れて死んだので、遺言書など認める暇は無かった。」
と云い、手を替え品を変えて問い糺(ただ)したが、同じ返事である。

 私は充分には此の返事を信じないが、実は半信半疑である。若し真に遺言書が無い者ならば、中佐の財産は血続き近い者へ落ちる故、無論柳條の物に非(あら)ずして、私の物である。私は更に多少の工夫もあるので、どちらでも充分な結果を得、その上で直ぐ巴里に帰ることにする。

 夫人よ、充分に兼女の心の底まで探り尽くのすは、今数日の中です。
                                             ペリゴーにて 
                       島村槇四郎
   添田夫人


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