巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第三十八回 栗山角三の手紙2 

  前回には鳥村槇四郎の第二回の通信を載せたが、ここには栗山角三のの第二の通信を掲げる。
  「棒田夫人よ。私は此の十日間、此の地の牢屋に在った、今漸く出て来たばかりである。こう云えば驚くだろうが、都合があって自ら好んで牢に入った訳だから、少しも心配するには及ばない。

 前便で既に知らせた様に、私は聾(ろう)商人および自称士官と三人で宿を取った。自称士官は私の敵なので油断なく眼を注ぎ、一方に於いては、聾(ろう)商人から当地の様子を聞こうとしたけれど、是ぞと云う程の事を聞き出す事は出来なかった。依って宿屋の主人に様々に問い試みたところ、今井兼女の事は略(ほぼ)分かったが、唯驚くべきは、兼女が在外革命党に連累するとの嫌疑を以って、当地の獄に下されて居るとの一条である。

 牢に居る者は、親戚朋友が容易に面会する事は難しい。私は殆ど失望した。しかしながら、是より又牢の中の有様を聞き糺(ただ)したところ、当地は牢屋の規則は甚だ緩やかで、男女が混交している上に、囚人同士が互いに話も出来るとの事なので、私はここに於いて、自ら牢に入れられる外はないと決心した。

 厭々ながら止むを得ず牢に入る者は数多くあれど、自ら求めて牢に入ることは、簡単な事では無い。私は種々様々に工夫を廻らすうち、翌日の昼となり。巡査が旅行券を検めに来たので、私は是こそ天の与えであると思い、旅行券を忘れて来たと答えた。

 巡査が若し慈悲深い人で、
 「然らばここに居る人々を証人に立て、巴里から旅行券を取りよせよ。」
とでも言われれば、私の目的はガラリと外れるので、私は何か此の巡査が意地悪な人であって欲しいと祈っていたが、幸いにも意地悪な人であった。

 然らば同道せよと言ったので、私は直ぐに座を立ったが、此の時二人の顔を見ると、二人とも非常に驚いた体であったが、中にも聾(ろう)商人は真実の驚き、自称士官はその実、気味好しと思う様子なので、私は初めて自称士官奴が、既に私を何とか云って訴え出た事を知った。

 彼は私の邪魔をしようとして、反って私の手伝いをした。笑うべしだ。私はヤッとの事で、笑を噛み殺した。やがて一通りの調べを受け、此の日の中に牢屋へと送られたが、幸い私の財布には、充分な金子があるので、従って牢番の取り扱いも好い。

 直ぐに今井兼女を探し出す事が出来た。兼女は私が前から思って居た通り、背高く肥え太っており、中々落ち着いた中々利口気な女である。私は旨く之に取り入り、翌日運動場へ出たとき、兼女と共に少し離れた所に腰を下ろし、実は柳條健児の使いであると打ち明けたところ、兼女は非常に驚き宛も余を試験する様に柳條健児の人となりから、容貌などを問う。

 私は充分に呑み込んで居る事なので、一々はっきり返答し、且つは彼が非常に喧嘩好きの気質により、此の程独逸士官と異様な決闘をなし、私自ら介添人となり、決闘の後に三十日も家に匿(かくま)い介抱した事を話し、その上先日兼女から柳條に送った手紙の大意まで話したので、兼女は初めて私を信じ、将に大事を打ち明けようとする間際まで推し寄せたのに、是が世に云う寸前尺魔とやらで、此の時牢番に案内され、此の運動場に入って来る男があった。

 誰かと見れば驚くべし、私の競争者自称士官である。彼は公然と牢屋まで見廻る権利あることを見れば、余ほど警視総監に信用せられる探偵であると思われる。私は一目で彼の目的が、私と同じく兼女に在る事を見破ったので、彼を懲らしめて遣るため、突々(つかつか)と其の傍に歩んで行って愚弄した。

 彼は左あらぬ体で退いたが、後から直ぐに小使いを使って、兼女を書記局まで呼んで来させた。是が為、私は兼女から将に聞こうとした大事を聞く事が出来なかった。一刻千秋の想いで待って居るうち、凡そ一時間ほどを経って、兼女が帰って来たので、先の話を告げようとしたところ、兼女の様子は全く変わり、

 「今私を読んだ人も柳條健児の使いだと云いましたが、貴方と今の人と、何方を実の使いだと認めて好(よ)う御座いましょう。」
と問うた。私は及ぶだけ辨を掉(ふる)ったけれど、その甲斐なし。兼女は是からは大事を取り、何の話もしない。

 アア彼自称士官、是で私と同じく大金に目を附ける者である事が分かったけれど、それにしても、彼は遺言書を何(ど)うする積りなのだろう。私と同じく柳條を攻める積りか、察するに彼は柳條の反対者鳥村槇四郎に売る計(企)みに違いない。何しろ面憎い奴である。

 私は是から様々に勉めたけれど、兼女の心を得る事は思いも寄らない。永居する丈無益であることを知り、監獄長に実は旅行券を行李の底に仕舞(しまい)忘れて居たと白状し、長々と取り調べを受け、長々と説諭せられ、十日目に放免せられて宿に帰ると、聾商人も自称士官もまだ滞在していた。特に自称士官は空々しく種々の見舞いを云った。

 この様な次第なので、今井兼女を攻めても最早(もは)や無益だ。今度は方角を変え無ければならない。自称士官も更に根強く運動する様子なので、私も彼に劣らず運動しよう。特に私は自称士官が未だ知らない事を知って居るので、今の所では私の方が一足前へ進んで居るのだ。それは他の事ではない。今井兼女は自ら読み書きする事は出来ないので、先日の手紙も他人に書かせた者である。

 その他人とは誰だろう。未だ確かには分からないけれど、その人は兼女から充分に信用を受けた者である。事に由ればその人は兼女から遺言状を托せら、之を持って柳條に逢おうとして、既にパリまで行ったかも知れない。之さえ分かれば大願成就疑いなし。依って私は是から直ぐに此の点を探り極め、充分に分かった上で直ちに巴里に引き返そうとして居ます。

 それまでの所宜しく留守を頼む。呉々も澤子を鎮め置かれよ。
                             
 ペリゴーにて
                                                   栗 角
  棒田夫人へ


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