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ikijigoku39

活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第三十九回 町友の手紙2 

  町川友介から柳條健児に宛てた第二回の通信に曰く
 「柳條健児君よ。此の度は大分面白い事柄があった。前便に知らせた通り、私は宿屋の亭主から、今井兼女の事を聞こうとして、食後亭主の居る所へ降りて行ったところ、抜け目ない彼の栗角老人が先へ廻って、早や様々に問い聞きつつあった。

 私はその問答を聞いて、今井兼女が在外革命党連類の嫌疑を以て牢に入れられて居る事を知った。牢屋とは意外な事で、面会を求める事は思いも寄らないので、私は非常に失望した。栗角も同様に失望して、翌日の昼頃まで頻(しき)りに何か考える様子であったが、彼は中々の遣り手である。

 食事の時、巡査が旅行券を検めに来たのを幸いに、彼れは旅行券を所持して居ないと言い、巧みに牢屋へ送られた。私は急(せ)いては事を仕損ずるの誡(いまし)めを守り、まだ悠々閑々と構えて居たが、自称士官梶田も何か気に掛かる事がある様子で、頻りに出たり入ったりするのを見た。私は未だ彼の本性を見破る事が出来無いで居る。

 必定その筋の探偵に違いなく、又栗角とは仲の悪い者同士に違いないとは兼ねてから見破っていたが、未だ合点が行かない所が多い。日の暮れになって、彼の所へ一人の来客があった。その風体を見れば、無論公証人か代言人と察せられる。彼は、私が聾(ろう)である事は知っているけれど、更に万一の間違いがあっては成らないと、大事の上に大事を取った様に、その客を別室に連れて行って、何事をか半時間ほど話して別れた。

 私は直ぐに宿の主人に逢い、今の客人は誰だと問うと、彼は有名な金満中佐の財産を監督する。公証人であると答えた。アア益々怪しい事だ。軍馬買い出しの為と云って居る自称士官梶田が、何故に金満大佐の遺産管理人と密談するのだろう。

 是も又栗角と同じく、或いはその遺産に目を附ける奴では無いだろうか。私は疑わしさに我慢が出来なかったので、翌日君の家の下僕を勤めた事があると云う百姓某を連れて来て、秘かに自称士官の顔を見させたところ、驚くべし、自称士官とはその実、君の従兄であった。君の敵である憎むべき鳥村槇四郎である。

 読めた、読めた。彼れも真に栗角とと同じく、君の財産を奪おうとする者なのだ。察するに今でも、彼と栗角とは同じ財産を目当てにして、同じ場所を漁(あさ)って居たのに相違ない。それが為、互いに顔に見覚えがあって、互いに疑って居たのに違いない。アア私は遂に彼の本性を知った。

 愉快愉快、是からは一層鋭く彼の挙動を探るが、彼は中々に通伝(つて)の広い男で、地方庁へも出没し、更には日々牢屋へ主張するための許可を得て居る様子である。何故に彼れは此の様に牢屋に出張するのだろう。今井兼女に逢う為であることは云う迄もない。

 彼も栗角も既に逢う丈の道を開いたのに、私一人その道を得ていないのは残念である。しかしながら唯安心なのは、彼れと栗角と一時に兼女に逢い、右左から説き立てれば、兼女は両方を疑って両方を退ける事は必定である。両方とも手を引いた後で、私が一人進んで行ったら必ず私の勝利になるでしょう。

 依って私は鳥村槇四郎が帰って来る度に、その顔色を察するに、毎つも毎つも失望の体である。私は先ず彼の心中の虫になる為、充分に機嫌を取り、唯気に入られようとのみ勤めて居たら、一週間の後は、彼れは私を以て、羊の様であり猫の様におとなしい者と思い、此の上ない相手と思い、友達とし下僕とし殆ど相談相手ともする程になった。

 此の様子ならば、彼の方から口を開き、
 「町田君、実は是々(これこれ)だが何うしたら好いだろう。」
と問うに至るのは近々の中に違いないと、私は心待ちに待って居たら、果せる哉果せる哉。」

 「実は町川君、或る女が或陸軍士官の遺言書を持って居るか居ないかを探る為め、毎日その女に逢うけれど、その女は頑固にして私を疑い、今以て実を明かさない。貴方の顔は極めて正直で、一目で信用せられる質だから、貴方なら必ずその女を白状させることが出来るでしょう。私に代わって、その女に逢い、気永く事実を聞いて下さい。その女は実は今牢屋に在り、牢屋へ自由自在に入れる鑑札を与える程に。」
と言って、終に私に打ち明け、且つ事が成ったならば、斯く斯くの褒美を与えようと迄言い出した。

 柳條君よ。待てば海路の日和(ひより)。私は実に気永く待った甲斐があり、今は兼女に逢う道を得た。而も敵から其の道を与えられたのだ。私は親切気に引き受けて、三日続けて牢屋に行ったが、初めの日も次ぎの日も深い話しはしていない。三日目となり彼の兼女が手づから彫った十字の痕のある飾り物を示し、角三の事、槇四郎の事など三方争いの事、君が目下の身の上の事を詳しく話すと、兼女は全く私を信じ、腹蔵なく委細を打ち明けた。

 その言葉に由れば意外の事が甚だ多い。柳條君、気を落ち着けて良く聞き給へ。金満中佐は露国(ロシア)の病院で死んだ。その死亡証書は病院長に手紙を遣れば直ぐに送って呉れるとの事。中佐は一切の財産を君に譲ると言って、その旨を遺言書に認め、兼女に托し、兼女は無事持ち帰ったとの事。

 是までは先ず無事であるが、ここに一つ合点が行かないのは、兼女は当地に帰ってから、直ぐに君に宛てその旨を認めて手紙を送った。然るにその手紙が未だ着かない中、即ち手紙を出した翌日に、君から兼女へ宛てた手紙が来た。直ちにその遺言書を持って巴里へ来たれ。」
との旨を言って寄越したと云う。

 此の手紙は誰かが君の名を騙(かた)り、兼女を誘(び)き寄せようとして、出したものに相違ないけれど、さてその出した人は、何者だろう。私の考えでは、必ず鳥村槇四郎に違いない。槇四郎は当地の公証人から兼女の帰ったのを聞き、早速兼女を誘き寄せようとしたのだ。それにしても最初兼女の出した手紙が君に着かなかったのは何故だろう。

 是は何かの間違いで、彼の栗角の手に入ったのに違いない。左すれば今までの間違いは全く栗角と鳥槇の仕業である。然るに又一つの大間違いがあって、兼女は上の鳥槇の手紙を無論君からの手紙と思い、我が姪のお梅と云う者に、その遺言書を持たせ、直ぐに巴里へ上したと云う。

 さて此のお梅と云うのは、幼い頃の君を知って居るとの事で、気丈な女である上、更に読み書きさえ達者なので、兼女の手紙も実は此のお梅が認め、君からの手紙(実は鳥槇)も此のお梅が読んだ。且つ又鳥槇の手紙には、
 「巴里の何町何番地へ尋ねて来よ。」
と明細に記して有ったが、兼女はその町名番地を忘れたとの事。

 その町名番地を知るのは、お梅と鳥槇の外には無い。併るに鳥槇が今この様にペリゴーへ尋ねて来る所を見れば、彼は未だお梅に逢って居ない事は必然である。お梅がその番地を忘れて、尋ねて行かなかったか、それとも途中で鳥槇の仕業であることを悟り、故(わざ)と尋ねて行かないで、今猶君の居所を探して居るか。

 いずれにしろお梅は今猶(なお)巴里に居る。大事な遺言書も全く此のお梅の手に在る事なれば、是から巴里中を尋ねて、お梅を探し出すのが肝腎である。お梅を探し出せば遺言書は直ちに手に入るだろう。依って私は直ぐに巴里へ帰って行く。委細は面会に譲る。

 栗角も牢を出て来た。しかしながら彼は何事をも聞き出す事が出来なかったと見え、非常に失望の体である。鳥槇も私が兼女は何事も言わないと伝えたので、同じく失望して帰ろうとしている。先ず第一等の結果を得たのは、私である。柳條君よ。私は巴里に帰って行き、草を分けてもお梅の在家を尋ねようと思う。
  ペリゴーにて
                    町友


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