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活地獄(いきじごく)(一名大金の争ひ)(扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.5.4


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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

      第四回 血気盛んな柳條  

 若紳士柳條は漸(ようや)く穴を出たけれど、心はまだ興奮冷めやらない。生きながら埋められた彼の老白狐とは、何者なのだろう。大主領を初め友人町川の言葉を聞けば、彼は金の為に秘密党の事を、警察に訴へようとする悪人には相違ないが、だからと言って、その顔をさえ見極めず、袋の儘(まま)に埋めるとは、余りに毒々しい仕方であるとは云え、今更ら救い出す手段もない。

 此の上は我が身自ら、此の様な乱暴な党派を去り、此の事を忘れるに限ると独り思い直して、四、五町(400から500m)も立ち去った頃に、忽ち後ろから、
 「コレ、柳條君」
と声掛る者あり。振り向いて之を見れば、彼の町川である。柳條は鋭い眼で其の顔を佶(き)っと眺め、

 「町川君、君は未だ僕の友か、それとももう僕の敵になったか。有のままに返事をし給え。その上でなければ君と話は出来ないから。」
と云えば、町川は何時に変わらず莞爾(にこ)やかな調子で、

 「オヤ、敵か味方かとの更(改)まってのその問には恐れ入る。今更ら敵になる様なら、初めから君と交際はしない筈だ。先ア落ち着いて考え給え。今まで君の為には決闘の介添人を三度も勤め、又君に有名な銀行頭取上田栄三を紹介し、更にその娘瀬浪嬢に逢わせたのも、此の町川じゃないか。今夜君が大主領と争ったのも君の日頃の気質では当然の事。大主領もそれだから別に立腹せず、返って君の潔白に感心したのだ。」

 柳「感心したなら何故僕の言葉に従わないのだ。」
 町「イヤ爾(そう)は了(い)かない。彼を生き埋めにするのは党員全体の輿論だもの、だから止むを得ず君を穴の外へ摘み出したのだ。それでも大主領は未だ君の人物を惜しんで居るから、今も僕に言伝(ことづけ)があった。僕は君にその言伝を伝えに来たのだ。」

 顔も知らず名も知らぬ大主領よりの言伝(ことづけ)とは合点の行かない次第なので、
 柳「ナニ大主領から僕に言伝とは。」
 町「爾(そう)サ、斯(こ)う言う訳だ。時節柄止むを得ず我党を解く事になったけれど、君は今まで我党の為に一廉(ひとかど)の益(やく)に立った事だから、此の後とも是までの精神を忘れずに自由の為に戦って呉れとの事で。」

 柳「それは言ずとも知れた事、僕は人を生き埋めする様な邪険な事はしないけれど、公明正大の手段を以て充分に戦う積りだけれども、今夜限り其の党を解くとあれば、最早や党員でも何でもないから、アノ惨酷な大主領と交際する事は出来ない。」

 町「素より顔も知らない間柄ゆえ、交際をするには及ばない。君が今までの精神を忘れさえしなければ、それで大主領は満足するのだ。」
 柳「好々(よしよし)それ丈なら心得た。帰って大主領に爾(そう)言って呉れ給え。此の柳條はもう党員ではないけれど、今までの交情(よしみ)を忘れ、金の為に秘密党の事を其の筋へ密告する様な、卑屈男子でないから安心せよと。」

 町「イヤ君は固(もと)より其の様な魂根(こんじょう)でもない事は大主領も既に安心して居る。併し先ず僕は直ぐに行って、是だけの事を大主領に復命するから今夜は是で分かれよう。」
と言って、二足三足立ち去ったが、又振り返りて、

 「未だ色々と話もあるが、今夜はもう更(ふ)けたから、何時でも又暇の時に僕の店に遊びに来たまえ。」
と之だけの言葉を残して、元来た方へ走り去った。今町川が僕の店と言ったのは何故だろう。彼れは秘密党の一員でありながら、商人の様に店などを張る人物なのだろうか。知らない人は怪しむだろうけれど、当時仏国の自由党共和党などと言うのは、多く商人からなる者で、彼の町川も純粋の商人である。

 先頃までは義勇兵に加わって、輜重方(しちょうかた)《弾薬、食料、被服を扱う部署》を務めていたが、今は非常に繁昌している町に出て、食品商を営んで居るのだ。柳條は詳しくそれ等の事を知っているので、店と聞いても怪しまず、その儘(まま)頷(うなず)いて、立ち去った。

 抑(そもそ)も此の柳條と云うのは、陸軍士官何某(なにがし)の一人子で、幼い頃父母を失って、僅かな財産を受け嗣(継)いで、その日に困る事はないが、紳士と云われる程の贅沢を極める事は出来ない。幸い我が叔父に当たる人ではあるが、陸軍中佐を務める人がある。

 此の人は金満中佐と綽名(あだな)され、二百万法(フラン)の財産があるとの噂で、是まで非常に柳條の為になる事も多かったのだが、此の人は露国との戦争に臨んだ際、討ち死にでもしてしまったのか、全く行方知れずとなり、今もって音沙汰も無い。之が為め柳條は何角(なにか)に附けて不如意の事も多く、其のたびに金満中佐の事を思い出していたが、行方が知れなかったので、どうにもならなかった。

 唯幸いに、幼い頃から此の金満中佐の世話となり、士官学校に入れられて卒業の後、中尉にまで進められ二、三度戦場に臨んだ事がある。或時外国の戦いに重い手傷を受けたので、今は非役の身分となり、月々幾何(いくばく)の給料を受けて居るので、それを一身の小遣いとなし、不義理もせずに世を送れるのだ。

 又その人柄を云う時は、容貌(ようぼう)の美しき、心中の潔白な実に申し分のない若者であるが、唯一つの落ち度とも云うべきは、動(やや)もすれば血気の勇に早やり、他人と喧嘩を仕出かす癖があることだ。

 此の癖の為、時々乱暴なる振舞いがあって、非難を受ける事もあるが、眼ある人は却って此の血気を見て、後々に頼もしい少年となし、現に秘密党の大主領の如きも、此の血気を見込んで柳條を引き入れた者だという。

 扨(さ)て柳條が友人町川に分かれてから、愈々本編の眼目とする「大金の争ひ」に至り、人間「活地獄」の有様を現し来る段は之より回を重ね、追々に説き入ることとする。



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