巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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ikijigoku50

活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.6. 19

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第五十回 何気ない話
 
 鳥村は問を発し、
 「成るほど―ー貴方は今そのお梅の居所を明らかに御存知だと。そうすればナニモ態々(わざわざ)私の許まで尋ねて来るにも及ばない筈ですが。エそうではありませんか。貴方は直々お梅に逢い、その遺言状を受け取って直ぐに柳條の所に持って行けば、骨を折らずに柳條から約束の百万法を貰われる訳でしょう。それだのに此の通り私の所へ尋ねて来るのは何故です。是が第一の私の不審とする所です。」

 流石は鳥村槇四郎である。充分の弱みを押した上でなければ、容易に約定を結ぼうとしない。角三は例の腹蔵なき主義を取り、
 「ナニこの様な訳です。居所は分かる事になって居ても、私一人の力ではお梅を捕らえ、遺言書を取り上げる事が出来ない。何うしても貴方の力を借りなければ旨(うま)く運びが附きません。」

 鳥「フム貴方一人の手ニハ合わない、私が手伝えば初めて旨く行くと云うのですネ。」
 角「如何にもそうです。今私と貴方と別々に働いた日には、貴方も目的を達せず。私も目的を達しないことになります。」
 鳥「分かりましたけれど、それで百万法とは余り報酬が高過ぎましょう。」

 角「決して高すぎません。金満中佐の遺産は元が二百万法(フラン)以上あって、それに死んでから今まで増えた分を加えれば、確かに二百五十万法の上もありましょう。だからもし山分けと云う日には、私へ百二十五万法か百三十萬法戴かなければ成りませんが、そうまで欲張っても仕方がないから、大奮発で百万法に負けて有ります。」

 鳥「けれど貴方の為には満更の他人、私の為には真実の叔父に当たる人の遺産でしょう。貴方一人で働いても、私は半分以上は寄越さねばならぬ訳です。況してや私自らも貴方と共に骨を折るとすれば、権利は充分私の方が強いと云う者。エそうではありませんか。百万法は法外に高過ぎましょう。」

 角「イヤ貴方は未だ幾分か私の腕前を疑ってお出でなさる。此の様な事を云っても、ナニ此の老人め、梅女の居る所を知る者かとこうお思いなさるから、その様に高いの安いのと仰るのです。では何(なん)でしょう。私が愈々(いよいよ)梅女の居る所を知って居ると云う、証拠の一端をお見せ申せば好いのでしょう。」

 鳥「そうですね。証拠の一端をお見せになれば、それに従って又値打ちを極めると云う事もありますが、兎に角も先ずお見せなさい。」
 鳥村は何とかして無代価で角三の知るだけを聞き出そうと思って居る様だ。
 角「イヤ貴方の様なお手強い英雄を相手にして相談するのは、実に面白い。宜しいか一端だけ見せますよ。お梅はその実男姿に化け、此の巴里へ入り込みました。サア是が証拠の一端です。」
と云い終わって、宛(あたか)も是位の事を知らせたからと云って何の問題も無い。我が胸中には未だ沢山の蓄えがあると言わんばかりに、無理に笑顔を絞り出した。」

鳥「是が証拠の一端ですか。是だけでは何にもなりません。お梅が男姿で来た事は私も疾(と)っくに知って居ます。」
と何気なく言い放したが、実は心の中では、此の老人如何にして我が知らない事まで探り知ったのだろうかと、充分な注意を起こした。

 「私が言うたびにそれ位の事は知って居たと仰られては困ります。実際のお話、是から深入りは出来ません。是れでもかこれでもかと貴方が感心するまで話して行けば、終に秘密を皆取られる事になりますから、大抵ここいらで約束を極めましょう。サア如何(どう)です。」
 鳥村は染めた髭を捻(ひね)りながら考え始めた。

 角三は又無言で鳥村の顔色を厳(きび)しく眺め詰めるだけ。稍々(やや)あって鳥村、
 「イヤ私がもし意地悪く構えれば、ここで貴方の知って居る事を残らず絞り出す事も出来ますが、そうしてはお気の毒です。依って一言で断然たる返事をしましょう。貴方が知って居る丈の事は必ずしも代価を出して貴方から聞かなくても、私の腕次第で外から聞き出す事も出来るだろうと思います。

 兎に角も貴方と共に働く必要はないから、此の約定は結びません。是ぎりで私からお断わり申します。」
と明らかに断られて、さしもの角三も稍々(やや)顔色を青くしたが、まだ態(わざ)と落ち着いて、ヘヘンそう立派に断わる事は出来ないでしょう。此の一片の苦笑いは実に血の涙より辛いに違いない。

 鳥「イヤ立派に断(ことわ)れます。貴方は今し方、私に手伝って貰わなければ、目的を達する事は出来ないと確かに白状したじゃありませんか。」
 角「そうですね、貴方も私の助けを得なければ見出す事が出来ないから、詰まり五分五分です。」

 鳥「イヤそうではありません。貴方と私と配置が違います。貴方は私の助けを得られず、彼の遺言書を見出せないのに、誰も貴方へ礼金を遣ろうと云う人は無いでしょう。私はそうでありません。お梅の隠れたのは、私の為に大利益で、此のままお梅が隠れ切りに隠れて仕舞えば、私の目的は独りで達します。

 それを態々(わざわざ)貴方に大金を遣り、共々に探し出すのは、是ほど馬鹿げた事はありません。私が手伝わなければ、貴方は何時まででも、お梅を見出す事は出来ず、貴方が見出さなければ、私は安心して居られます。

 こう云えば貴方は俺が探し出さなくても、早晩(いつか)はお梅が自分で現れて来ると言いましょう。成る程自分で現れて来るかも知れない。併しお梅は今現れましたから、此の遺言書を何うかして下さいと、貴方に頼んでは行かないでしょう。ですから今貴方と約束するのは、私の大不利益です。」

 角三は之を聞き唇の色まで変わったが、まだ屈せず、仮令(たとえ)私が探さなくても、外の人が探せば矢張り貴方の不利益です。お梅も隠れて居るとは云う者の、実は隠れて居るのではなく、此の巴里で柳條の居所を探し、柳條もお梅の居所を探して居るから、終には二人が顔を合わせるのに極まって居ます。」

 鳥「それは大丈夫、決して顔を合わせません。」
 角「ナニそう言い切れますものか。」
 鳥村はグッと落ち着き、
 「貴方は未だ事情を知らない。柳條は既に牢屋に送られましたぜ。お梅が幾等探しても牢屋の中まで探す事は出来ません。」

 柳條が牢屋とは今聞くのが初めてなので、角三もぎょっと驚き、
 「エ、それは事実ですか。」
 鳥「勿論事実です。私の指図で既に先刻捕り手を送り、捕縛の上は極厳重に禁錮して、手紙も出させない様にしろと、堅く命じて置きました。貴方の来る少し前に、下役から愈々(いよいよ)柳條を牢に入れたと知らせがありましたもの。」

 扨(さ)ては鳥村、既に柳條を牢に入れたので、それで彼奴(きゃつ)め安心し、お梅が何んなに柳條を尋ねても、廻(めぐ)り逢うことは無いとお思ったか。我と約定を断るのも之が為に違い居い。我もし之に服しては、今までの骨折りも水の泡となり、一文も取らずに止む事となるだろう。今何とかして約定を結ばなければ取返しの附く時なしと、角三は心急(にわか)に燥(いら)立ち来るのを態(わざ)と又笑いに紛らし、

 「ですが何の嫌疑です。」
 鳥「独逸士官を謀殺したのですから、何うせ助かりっこはありません。」
 角三は秘かに安心し、
 「それは駄目です。独逸士官の件なら謀殺所か立派な介添い人を定めて公明に決闘したのですから。」

 鳥「それを貴方が何して知っています。」
と鋭く問う。角三は私が現に介添い人の一人ですと答えようとしたが、こう言えば自分迄鳥村の為に牢に投げ込まれかも知れないと気付いたので、
 「イヤその話は柳條から直接(じか)に聞きましたが、独逸士官の介添い人を勉めた英国士官が、もしもの時には柳條の証人に立つと云った相です。だから柳條は遠からず放免される。お梅に逢う事になりましょう。」

 鳥村はまだ之に服せず、
 「貴方は又事情を知らないからそう思うのも無理はないが、貴方の未練が残らない為、悉皆(すっかり)聞かせて上げましょう。柳條はその外にまだ重大な人殺しの罪を犯して居ます。」
と今は勝誇った様子で云った。

 「エ、此の外に更に人殺し、それは何う言う事件です。」
と真実驚いて打ち問えば、
 鳥「それを聞かなければ、貴方も断念(あきら)めが附かないでしょう。少し長いけれど引導と思って聞かせましょう。」
とは又失礼な言い分であるが、角三は咎(とが)める事すら打ち忘れ、今は唯水に溺れる人が、流れ来る鳥の毛にでも取り附こうと努(あせ)る様に、少しでも此の面会を永くして、切めては一言でも我が利益となる言葉を捕らえ、之を取り附く島にしようと思っているのだ。

 鳥村は一杯の酒に喉を湿(潤)おし、
 「御存知かも知れませんが、此の府下に国王を廃しようとする激烈の秘密党がありまして、誰でもその党の為に不利益と認める者があれば、党員中の屈強な者が、その者を捕らえて、袋の中へ入れ、門苫取(モンマルトル)の岡の下の、或る穴の中へ連れて行き、活埋(いきう)めにするのです。」

 角三は是だけ聞き、早くも袋の中と云う一言に耳を留めた。先に探偵小根里の話した事と、彼れ是れ考え較べて、もしやと思う心を生じ、宛も失望の暗闇から、東天がほのぼのと白むのを臨んだ様な心地をなし、

 「エ、それは実に惨酷な話ですネ。」
 鳥「実に惨酷で」
 鳥「実は先年私がその党の内幕を探れと命ぜられ、様々の通伝(つて)を求めて漸くその党員になりましたが、なると間も無く、政府が台変わりになったので、私は詳しく党内の事情を探らずに外国へ出奔しました。此の度又帰国したので再び探索を初めようと思ううち、御存知の通り貴方と一緒にペリゴーへ旅行する様な事で、その方は其地退(そっちのけ)となって居ましたが、昨日ペリゴーから帰って来ると、私の運が向いて来るのか、その党の一員が、私の許へ自首して出たと云う一件です。」

 角「ヘエ、党員の一人が自首して。」
 鳥「ハイ自首して出ました。それでその者の言い立てでは、確かに柳條も党員中に交って居るのみか、去る七月の初めに最も恐ろしい人殺しをしたのです。」
 角「アノ柳條ですか。」

 鳥「左様、一同の党員と共々に手を下した様子です。私は充分な証拠を集めて、党員一同を一網に捕らえる積りで、今朝既にその人殺しの場所を検査に行ましたが、なるほど門苫取(モンマルトル)の岡の下で湖南街へ向かった所に不思議な穴がありますワ。

 私も昼とは云え、特にきちんと用意もして居ないので、薄気味が悪くなり、穴の奥まで探らずに帰りましたが、兎も角、斯様な証拠がありますので、柳條は何うせ死刑を免れない男です。」
 是だけでは別に取り付くべき島も無いので、角三は又も燥(いら)立って、
 「柳條が死刑になっても、お梅の持って居る遺言書が世に出れば、彼の財産は貴方の物とはならず、柳條の血筋の者に伝わりますぜ。」

 鳥「イヤ法律ではそうだけれど、それまでには随分計略がある。先ずお聞きなさい。その穴で柳條が殺したのはその筋の探偵です。」
 角「エ、探偵を殺しましたか。」
 鳥「そうサ、彼等は探偵だろうと思って殺しましたが、実は探偵ではなく全くの人違いです。」
 角「それは益々大変ですネ。」
 鳥「驚き給うな。彼等は私を殺す積りであったのです。此の老白狐だと思って、外の人を袋に入れて行って活埋めにしたのです。」

 アア角三はここに初めて取り付く島、否黄金島に取り附こうとしている。


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