巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第五十四回 ぐずぐずする角三
 
 才ある者は勇気なしとかや。彼(か)の栗山角三などは、実に才知余りあって勇気足らざる者である。彼は既に鳥村槇四郎の話に由り、お梅が活埋(いきう)めにされた事を推量し、一時は直ぐにその死骸を掘り出そうと迄決心したものの、まだ恐れる所があり、今一奮発と云う間際で心鈍り、兎に角も探偵小根里に相談した上でなければ、手を下すのは難しいと言って、今まで何もせずに居る。

 それが為、今日まさしく隠れ家で小根里に逢おうと約束してあるので、金縁の眼鏡を光らせて入って来た。先ず棒田夫人に向かって、
 「小根里は来ているか。」
と問う。
 「ハイ先刻参って庭へ出て散歩して居ます。」
と答え、角三が頷(うなず)いて庭に出ようとするのを暫しと留(とど)めて、
 「ですが今日は心配な事が有りますよ。嬢が一時間ほど前に杢助を連れ、何所へか出掛けて行ったまま、今以て帰りませんが。」

 角三は目を見開き、
 「ナニ、澤子が出て行った。俺が外へ出すなと彼(あ)れほど言って置くのに。」
 棒「でも私の言う事を聞きませんもの。」
 角「困るなア、今に柳條を呼んで来て、婚礼させるからと旨(うま)く俺が欺(だま)してあるのに。ーー又何か多弁(しゃべっ)ただらう。」

 棒「ナニ私が多弁(しゃべり)ますものか。昨日小根里が貴方に話す所を立ち聞きして居たのですよ。それで柳條が馬平侯爵を助けただの、その後で牢に入れられただのと云う事を知ったのですよ。」
 角「それを知って出て行ったのなら、何所へ行ったか。」
 棒「何所だか分かりませんが、杢助が附いて居るから心配する程の事はないでしょう。」

 角「でも俺の許しを得ずにーーー行き先も分からない所へ、出しては了(い)けない。全体立ち聞きなどさせるのが悪い。」
と呟きながら庭の方に出て行く。その後を見送って棒田夫人は、
 「ヘン探偵の娘だから、立ち聞きの癖は親から遺伝(うけ)たのだ。」
と独り言を言った。やがて角三が庭に出ると、待って居た小根里は腰から立って来て、

 「昨日緩々(ゆるゆる)とお話しを聞く所でしたが、丁度至急の用事を命ぜられて居ましたから、自分の云う丈を言ってお暇(いとま)に致しましたが、今日は是から暇で、それに明日が非番に当たりますから、緩(ゆっく)りと伺いましょう。全体鳥村に逢って非常な結果を得たと仰ったその結果とは何事です。」

 角三は立ち聞く人のあるのを恐れる様に更に四辺(あたり)を見廻して、小根里を樹木の非常に茂っている辺に連れて行き、共に腰掛けに身を下ろして、
 「実はナ、お梅の居る所が分かったよ。」
 小「じゃアもう何もかも雑作は無い。」
 角「所が雑作が大有りだ。先夜貴様が話して呉れた、アノ袋の中に入れられた男が実はお梅だ。」

 小「そうでしょう。私も貴方の顔色を見て多分そうだろうと思って居ました。貴方がお梅は男姿で此の巴里へ来たと云い、又槇四郎から初めに兼女へ手紙を遣ったと仰ったから、的切(てっき)りお梅が湖南街へ尋ねて行き、槇四郎の老白狐と間違えられて袋に入れて連れて行かれたのだと斯(こ)う悟りました。ですから今までも心を配り、その四、五人の曲者とは何者か、又お梅を何所へ連れて行ったのか、内々抜け目なく探って居ました。」

 角「探って何か結果を得たのか。」
 小「結果と云うほどの事でも有りませんが、人の話やその頃の事情から考えると、何でも国事探偵を憎む秘密党の仕業ですよ。此の頃は秘密党が幾等もあって、随分国事探偵を酷い目に逢せますから。」

 角「だがそれ丈しか分からないか。」
 小「此の上は分かりっこはありません。直接に老白狐に逢い、その心当たりを問うて見るより。」
 角「そうサ、だから俺が直ぐに老白狐の所に飛んで行ったノサ。」

 小「そうでしょう。後で考えて、アノ素早い駆け引きには感心しました。さだめし好結果を得た事でしょうネ。」
 角「そうだな、分かった事は分かった様だが、それに就いても色々心配があるので、先ず聞いて呉れ。アノ槇四郎は俺に大事な秘密を悟られるとも知らず、浮か浮かと話したが、その言葉で見れバ、矢張りお前の鑑定通り、秘密党の仕業だ。その秘密党の一人と云うのが彼の許へ自首して出たのだ。その言い立てに由れば門苫取(モンマルトル)の岡の下に穴があって。」

 小「成る程、彼(あ)の下には穴だらけでしょう。昔から土を取った後だと云う事ですから。」
 角「そうよ。それで秘密党はお梅をその穴へ持って行き、袋のままで埋めて仕舞ったとよ。」
 小「それは実に惨酷な話ですネ。それで今以て埋めたままであると云うのですか。」

 角「勿論」
 小「それから穴の入口は分かって居ますか。」
 角「湖南街の方へ向いた所で、草が茂って入口は外から見得ないと云う事だ。」
 小「入口の見えない位は何でもないが、それで鳥村は素より、その者がお梅だとは気が附いて居ないでしょうね。」

 角「気が附かないからこそ俺に詳しく話したのだが、併し後でもしや気が附きはしないかかと、気遣われる事があるテ。」
 小「それは何う云う事柄です。」
 角「実は俺の疎匆(そそう)だ。初めに彼の心を動かす為に、お梅が男姿で此の巴里へ入り込んだと云うことを多言(しゃべ)ったのだ。」

 小「ヤアそれは大変だ。老白狐とも言われる位の男ですもの、それだけ聞けば直ぐ悟るに極まって居ます。ことに由ると貴方と話して居る中に悟ったかも知れません。」
 角「俺もそう思って、後で色々考えて見たが、ナニ俺の居る中には未だ悟らなかった。悟ったなら俺が帰った後だ。」

 小「孰(いず)れにしても今頃はもう疾(とっ)くに悟って居るに相違ない・そうすれば彼より先に廻り、その穴を検めお梅の死骸を掘り出すのが肝腎ですネ」
 角「俺も無論彫り出さねばならない思ったが、能々(よくよく)考えて見れば、それも中々容易な事では無いから。」
 小「だって貴方、此方から行って彫り出さなければお梅の死骸が独り出て来る筈は有りません。」

 角「そうサ、そうだけれど事に由ると鳥村がアノ様な奴だから既に己の心を察し、内々に穴の辺に見張ってサ、俺が穴へ入ったとき俺を秘密党の一員として捕らえはしまいかと恐れるのだ。」
 小「ナニ貴方、その様な事が有ります者か。」

 角「その様な事が無いにもしろ、秘密党の集会所へ近寄るのは、強盗の住家へ飛び込むよりももっと危うい仕業で、万一その筋の探偵と間違えられるか、そうでなくてもその党の密事を聞き知ったと認められれば、お梅同様活埋めにせられる者と覚悟しなければならない。」

 小「でも貴方、今その穴で秘密党の会議を開いて居る訳では無いでしょう。」
 角「その通りだが、何時開くか分からないから、若し折り悪しく丁度会議の時であったら。」
 小「その様な事を云っていては、必ず鳥村に先を越されますよ。今夜行きましょう。」

 角「それに未だ分からない事があるテ。穴には天井が落ちない様、所々に土を掘り残し、柱の様にしてある相だが、お梅を埋めたのは即ちその柱だと言う事だけれども、何の柱だか分からないので、」
 小「それはナニ、中へ入れば分かりましょう。一切の道具は私が残らず用意して、今夜穴の傍に待って居ますから、貴方は杢助を引き連れてお出でなさい。十時を合図に湖南街と門苫取(モンマルトル)の角で逢いましょう。」
と小根里が熱心に勧めるため、角三もここに決心し、愈々(いよいよ)お梅の死骸を掘り出す事となった。


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