巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第五十八回 既に老白狐が
 
 宵の頃から降りしきり吹きしきる雨風は、纔(わずか)かに罷(止)んだけれど、空一面に塞(ふさ)いだ黒雲は未だ散ぜず、闇は綾なく黒幕を張ったようだ。ここは門苫取(モンマルトル)の岡の下である。枝茂り葉鎖(とざ)した物陰から、露っぽい草樹を押し分けて一人の男が現れ出た。闇に隙(すか)して此方彼方(こなたかなた)を見廻しながら、

 「ハテな、今丁度十時を打ったが、もう来そうな者だと云うのは、是こそ探偵小根里で、今宵の十時を合図とし、栗山角三を待っているのだ。この様な折しも、小半町先の方に星の様に光るのは角燈である。

  「アレだアレだ。此の様な仕事をするのに角燈など点(つけ)て来る長官も、大分ヤキが廻ったワイ。穴の中へ入るまでは故々(わざわざ)明りを消す所だのに。」
と云う折しも、角燈は吹き消す様に影を隠した。

 「感心感心彼所(あすこ)まで来て吹き消す。成るほど今来たぞと此の俺へ知らせる為に燈明を下げて居たのか。」
と呟き又も首を差し延べて透かし見ると、薄々と二人の人影が既に四、五間(7~8m)先まで来ていた。彼方(あちら)も同じ様に此方(こちら)の姿を認めたか、辺りを憚(はばか)る忍び声で、

 「同僚」かと云う声は確かに角三である。
 「時間を違えず良く入(いら)しった。」
と答えると、
 「生涯の大事件に時間を間違えて成る者か。」
と言いながら角三は杢助を従えて進み寄った。

 小「何うです。此の天気は、エ旦那、誂(あつら)えてもこうは行きませんぜ。今では雨風で往来も悉皆(すっかり)停まって仕舞い、誰に見附(みつか)ると云う心配はなく、尤も木の陰で半時間ほど待って居たのは辛かったけれど、此様な仕事には持って来いです。」

 角「持って来いの天気かも知れないが、今の雨でビッしょりだ。明日は風邪を引かなければ好いがと思って居る。それにリュウマチも起こりそうで、もう既に骨が痛いテ」
 小「ナニ旦那、穴の中へ入れば温かになりますよ。」
 角「お前はもう中まで入ったか。」

 小「一人では小気味が悪く、奥までは行きませんが、入口だけは検めました。ナニもう案内は悉皆(すっかり)分かって居ます。」
 角三は顔の雫を拭いながら、
  「道具の用意は好いだろうな。」

 小「それはもう言うまでもありません。鍬が三挺に松明が三個、穴の中の廊下とも云うべき所へ置いてあります。その外に未だ角燈も一つありますから、奥くまでは角燈の明かりで進み、愈々(いよいよ)仕事に取り掛かると云う時に、松明を照らします。」
 角「それは有難い。俺も杢助も短銃を持って来たから、万一で老白狐に出會(でくわ)しても大丈夫だ。」
と日頃の臆病に似ず、非常に大胆な言を吐いた。

 小「ナニ老白狐が此の様な夜に出て来ます者か。彼奴(きゃつ)は必ず添田夫人を相手にして、ジャマイカのラム酒か古製のコニャックを呑んで居ましょう。彼奴はもう此の上もない無精者ですから、月の澄(さ)えた夜でなければ、此の様な所へ出て来ません。」
 角「それにしても用心に越したことは無い。兎も角も、先ず進もうでは無いか。」

 此の命令に従って小根里は先に立ち、杢助は最後に続いて進み始めたが、凡そ三十歩ばかりして穴の入口に達した。
 小根里は兼ねて此の所に下ろしてある角燈を取り上げて、
 「コレが穴の口です。見た所は狭いけれど、奥は段々と広がります。」
と云い、更に四辺(あたり)に並べてある鍬と松明とを取り上げて、銘々に手渡しながら、
 「サア」
と声掛けて穴に入る。

 角三は薄気味悪がり、小根里の外被(うわぎ)の裳(すそ)に取り縋(すが)り、身を屈めて従うと、後から杢助も無言で続き来る。穴は少しの間、一足一足に狭くなる様子で、先に立つ小根里の角燈だけでは、足許さえ見ることができなかった。或時は下にある石に躓き、或時は天井に頭を打ちなど、並々ならない難儀をしたが、欲に満ちた三人は大変だとも思わない。

 小根里は後ろを照らそうとの配慮からか、角燈を背に廻し、一足行っては行く手を透かし、二足行っては向こうを眺め、用心は少しも弛めなかったが、奥の知れない穴の中なので、殆ど咫尺(しせき)を辨ずべからず《暗くて一寸先も見えない》。探り探って道を知るだけ。やがて一町余(約100m)も歩んだかと思う頃、漸く広い所に出たので、小根里は初めて足を留め、

 「サアもう訳はない。ここで松明附けましょう。」
と云いつつその身を引き延したところ、不思議や遥か奥の方に薄明るく燃え上がる火の陰がある。小根里は驚いて縮み上がり、
 「サア大変だ、旦那、老白狐が早や先に廻って居ます。」
 此の警報に角三も同じく驚き、彼方を佶(きっ)と眺めると、屈強な二人の男が、四辺(あたり)に四個の松明を置き、燃え上がるその火に照らし、必死と為って一つの土柱を掘り崩している。

 余りの事に声さえ出ない。最後に控えた杢助は一番熱心さが薄いので、
 「何だ馬鹿馬鹿しい、帰りましょう。帰りましょう。」
と云う。角三は初めて人心に返った様に、
 「エー残念だ。俺の宝を偸(ぬす)んで居る。アレアレ早や七、八本の柱を倒して、残る一本へ掛かったから、アノ柱に相違ない。この様な事と知ったなら、お梅が男姿で来た事を彼奴(きゃつ)に知らせるのでは無かったのに。」
と殆ど泣き出さんばかりである。

 これまで及ぶだけの手を尽くし、漸く目的が達しようとする間際に押し寄せて、此の有様を見る失望のほどは想い遣るべし。小根里も暫(しば)しがほどは、云うべき言葉さえ無かったが、忽(たちま)ち何事をか思い附いたのだろう。
 「旦那、旦那」
と微(かす)かな声を出して、

 「是が返って我々の幸いです。燈(灯)を消して彼等の背後に忍び寄り、アノ掘り倒した柱の影から、彼等の掘り終わるのを待って居ましょう。それで彼等が遺言書を取り出した所で、彼等二人を射殺すれば、手を労せずして遺言書は吾々の者でしょう。」

 角三は日頃から人を射殺すなどと、その様な乱暴は聞くさえも身震いする様な臆病であるが、この様な時には非常な勇気がある者と見え、
 「それが好い。それが好い。彼等の背後へ忍び寄り、愈々(いよいよ)掘り出した所で射殺して遣ろう。」
と云った。

 是で相談一決し、三人は横手に廻り、徐々(そろそろ)と彼等の背後へ忍び寄った。

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