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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.6. 28

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第五十九回 穴に入った町川と上田栄三
 
 角三、杢助、小根里等が困難を極めて探って行った穴の路も、町川友介、上田栄三の二人には、それほどまで困難では無い。二人は幾度も此の辺りを徘徊し、幾度もこの穴に入って居たので、知り人の家に行く様だ。道はその様に知って居るが、栄三は穴の傍に近づくに従い、心が益々重いのを感じた。

 今までは我が主義の為、我が党派の利益の為には人を殺すのも止むを得ずと思って居た男なれど、お梅を殺したことを知ってからは、心に深い疑いを生じ、
 「仮令(たと)え主義の為にもせよ、又党派の為にもせよ、我と同等の生霊を殺して、差し使い無いだろうか。我が人を殺して善しとならば、人も亦我を殺して善しと云うだろう。我命と人の命、如何なる軽重があるだろうか。」
と栄三は歩みながらも、唯この様な事を考えるばかりだった。

 歩んでは考え考えては歩み、漸く穴の間近に達した頃は、
 「主義の為にもせよ、弁解させずに人を判決するのは悪い。」
と思い定めた頃である。若し栄三が唯一人であったなら、必ずこう悟って、穴の口から引き返す所に違いない。しかしながら栄三の傍には熱心な町川が居る。

 町川は固(もと)より彼(あ)の夜の事には与(あず)かって居たが、己自ら鍬を取り、己自ら土を掘ったのでは無かったので、その心も非常に軽く、それに今となってお梅の霊(魂)を慰めるのは、唯その亡きがらを掘り出し、彼(あ)の遺言書を柳條健児に与えるの一方あるのみと、確(固)く思い詰めているため、今夜の事は飽く迄も善根功徳と信じ、栄三を説いて止まない。

 此の時、夜は早や十一時を少し過ぎていたが、穴の中に居る鳥村組と栗山組とは、如何なる事を為しているだろう。非常に気遣かわしき限りではあるが、二人は固(もと)より、此の事は知らない。

 「上田君松明を照らすなら、ここいらで火を附けるのが好いだろうが、僕の考えでは、愈々(いよいよ)仕事に取り掛かるまで、松明にも及ばないと思う。此の穴へ入るのは、我が家の穴倉へ入るよりも慣れて居るので、僕が先に立って案内しよう。君も暗いのを我慢したまえ。」

 栄三は唯一言「爾(そう)だ。」と答えるだけ。
 「それに又、穴の中には蝙蝠の外、毒獣悪蛇が居るのではなし、若し居るならば老白狐だから燈明(あかり)の無いほうが結句用心が好いだろう。」
 栄三は恰(あたか)も機械の様に無言で従い行くばかり。やがて町川は彼(あ)の夜、己が柳條と共に見張り番に置かれた所に着いたが、何事にか驚いて立ち留まり、

 「オヤオヤ変だ。之は変だ。此の辺りの雑草が折れて居る。丁度誰かが掻き分けたと云う具合に。ハテな我々より先に入って行った奴があるに違いない。」
と訝(いぶか)るのを、栄三は気にも留めず、
 「我が党員の誰かだろう。」
と答える。

 町「ナニ我が党員が何して茲(ここ)へ来る者か。そうでなくてもその筋の探索が厳しく、成るべく嫌疑を避けようと務めて居る折り柄だもの。大首領たる君が招集令を発しない限りは、誰もここへ来る事じゃない。何でも是は老白狐だぜ。彼が我々の先を越し、此の穴に入って居るのだ。老白狐の名を聞いて栄三は、宛(あたか)も生まれ代わった様に、

 「益々面白い、早く行こう。ここで想像するよりも、入って見れば分かる事だ。老白狐に出會(でく)わすのは望む所サ。」
 町「サア爾(そう)来なくては了(い)けないテ。爾(そう)云ってこそ吾が党の首領だ。併し君、老白狐を何うする気か。」
 栄「此の鍬で叩き殺す。今も考えて見るに、お梅を殺したのは我々だけれど、我々にお梅を殺させたのは老白狐だ。」

 町「爾(そう)とも爾とも、我々は全く老白狐を殺す積りで、少しもお梅を殺す気はなかったもの。」
 栄「それのみならずサ。老白狐が柳條の名を騙(いつわ)り、お梅を欺き寄せたからこそ、お梅が彼の身代わりにさせられる事となったのだ。老白狐がその様な悪計を謀(たくら)まなければ、お梅が殺される所ではない。」

 町「説き得て妙だから今彼(あ)の大金を老白狐の手に入れない様にし、彼を失望させるのは、お梅の仇を復(返)す一端にもなると云う者。」
 栄「サア行こう。」
 町「サア行こう。心を揃えて歩み出せば、暗い穴の道も足を沮(阻)むに足らない。辿(たど)り辿って早くも広場の所に出でた。此の時老白狐が燈(とも)している四個の松明は、益々燃え盛り、暗い所を歩んで来た二人の目には、殆ど活画(パノラマ)を見る思いがする。

 老白狐が一人の手下と共に必死となって、掘り崩(くず)す有様は、手に取るように近くに見える。」
 「何うだ我々の推量した通りだ。」
 栄「成るほど、手下と共に掘っているな。悪党め。」
 町「併しアノ手下は何者だらう。」
 栄「何でも彼と同じ悪党サ。」

 町「ヤヤもう柱を半分ほど崩したぜ。」
 栄「爾(そう)だ。最う少しで崩して仕まう。それに見給え、手近の柱から段々崩して行ったと見え、幾本も潰れて居るワ。」
 町「成るほど、是は驚いた。今まで幾度も来たと見える。一夜で是だけの柱を掘り倒すことは出来ないから。」

 栄「爾々(そうそう)掘って到頭本当の柱を掘り当てたのだ。今掘って居るのが確かアノ柱だ。ネ」  
 町「アレだ確かにアレだ。」
 二人は暫(しば)しがほど、只呆れて続く言葉が無かったが、町川先ず口を開き、
 「殺して仕まおう。」

  栄「勿論サ、併し何うして殺すのが好いか。短銃では遠過ぎるから狙いが外れるかも知れない。」 
  町「彼等の背後(後)ろへ忍び寄り、此の鍬を脳天へ植えて遣らう。」
 栄「それが好い。けれども待ちたまえ、余程気を附けて忍び寄ないと、もし彼等に悟られて、アノ松明を消されるとそれまでだぜ。」

 町「ナニ大丈夫、此の広場の縁に沿って行き、アノ掘り倒してある一方の柱の背後へ出るノサ。縁の方は真っ暗だから平気な者だ。」
と町川は指さして示しながら又愕然と打ち驚き、
 「ヤ是は益々驚くべしだ。アレアノ隅の暗い所を見給え、彼所(あそこ)に少し光る者がある。アレを何だと思う。」
 栄「なるほど有るワ、何だろう、ハテな、濡れた所へ松明が反射するのじゃないかな。」

 町「ナニそうではない。アレは確かに角燈だ。角燈の口を塞いで光の洩れない様にしてあるのだ。君実に驚くべしではないか。」
 アア此の二人は何を認めて此の様に驚くのだろうか。

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