巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.6. 30

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第六十一回 崩落した岡の穴
 
 此の危うい瞬間に当たって、忽(たちまち)ち百雷が、天を破って落ちて来たかと思われる程の響きを聞く。此の響きは何の音だろう。角三等三人が筒口を揃えて発した短銃の声であるか。否否三人は、時はまだ早いと思って、まだ放って居ないのに、此の声は何の響きだ。是は外ならず鳥村槇四郎が、その手下に命じて、今まで七本の柱を掘り頽(くづ)させた上、今一本を掘り頽(くづ)したので、土の天井はその重さに耐えられず、一時に頽(くづ)れ落ちたものだ。

 そうと見て一同斉(ひと)しく打ち驚き、鳥村も立ち、田原も立ち、角三も立ち、杢助も立ち、小根里も立った。此の五人は皆、己等の目的をも打ち忘れ、鍬を捨て短銃を捨て立ち上がったけれど、嗚呼、事既に遅し。柱を失って落ちて來た土天井は、留(とど)める方法は無かった。

 アッと見る間に彼等は既にその下に埋められ。今まで焚(もえ)盛っていた松明も、彼等と斉(ひと)しく埋められ、四辺(あたり)は真っ暗の闇となった。固(もと)より天上の一部だとは云え、此の五人を叩き伏せて活埋めにするほどの土なので、その重さも一方成らないと見え、落ちて来た勢いは非常に凄(すさ)まじく、地盤は宛(さな)が地震の様に響き渡った。

 だから彼等五人は、目鼻も手足も悉く叩き潰され、埋められてしまったに違いない。此方(こちら)に立って居る栄三、友介の両人は、幸いに此の難を免れたが、一時は自らも埋められたかと訝(いぶか)るほどで、地面の響きにその身体を支え兼ね、傍(そば)の壁に凭(もた)れ掛かかった。

 町「上田君」
 栄「町川君」
と互いに合答(うけこた)えたが勿論顔は見えない。
 町「恐ろしい者だナア」
 栄「是は天の裁判だろう。」
 町「五人共に埋められて仕舞ってサ。」
 栄「此の勢いでは、埋まる前に身体が寸断々々(ズタズタ)に潰れただろう。」

 町「何うしたら好いだろう。」
 栄「もう何うも仕方がない。是が天の裁判だ。」
と云う声さえも震えて居た。実に是れ天の裁判。実に是れは仕方が無い事だ。五人の命はここに全く尽きたばかりか、上田栄三は目的も又全く消え失せた。

 今までお梅の死骸と共に埋もれる遺言書も、一時間の中に手に入れることが出来ると思って居たが、此の様に成っては、千万年待って居たとしても、手に入れるべき道は無くなった。遺言書は幾人の命と共に門苫取(モンマルトル)の岡の下に埋められて終わった。

 最早や一人の力で掘り返すべき方法は無い。若し是を掘り返そうとするには、数千人数万人の人足を雇い、岡の全体を掘り頽(崩)す外は無い。町川は闇の中から声を発し、
 「仕方がないと云っても君、アノ遺言書は。」

 栄「遺言書はもう断念する外ないではないか。此の穴の奥の方が潰れたからは、人間の力で取りだす事は到底出来ない。」
 町「出来ないと云っても惜しいものだ。」
 栄「惜しくても仕方がない。深入りをせず命だけ助かったのが儲(もう)けもの。幸いだ。」

 町「それはそうだけれど、実に困ったなア。」
 栄「イヤ是が天の裁判、僕の身に運がないのだ。罪も無いお梅を殺し、今その死骸から遺言書を取り出だして、我が財産を肥やそうとは天が許さない。僕は結局是で未練が残らないから好い。」

 町「でも銀行の結局(おさまり)は何うして付ける。」
 栄「それは又考えて見なければ分からないけれど、元々僕の失策から出た事だから、僕は我が身に着けて居る物を剥いで迄も、弁済の出来る丈は弁済し、一旦は乞食になって、更に稼ぎ出す外はない。」
と云う当人は、闇に隠れて姿は更に見えなかったが、顔には必ず絶望の色を現わして居るに違いない。

 町川は唯一人残念がって居たけれども、今更及ぶ事では無いので、
 「嗚呼失望、嗚呼失望」
と幾度か叫んだ。今一歩と云う間際まで漕ぎつけて、此の有様を見た。実に失望も無理はない。二人はこの様に嘆くうちに、残る響きは漸く消えたが、二人が立っている辺へは、次第次第に土煙が広がって来たので、今は呼吸さえも出来ない程になって来たので、

 栄「何時まで居ても同じ事だ。出て行こう。」
 町「何うも仕方がない。」
 此の一語を名残として、二人は探り探って漸く穴を出た。穴の中の凄まじい響きも、外までは激しく達しなかったと見え、驚き騒ぐ人も無い。

 二人は非常に不愉快な想いで、言葉を交わす気もしなかったので、無言のままに穴から三町(300m)ほど歩み去り、無言のままに右左に立ち分かれ、重い足を引きながら各々我が家へと帰り去った。

 嗚呼金満中佐の死に際の神聖な遺言も、是で全く水の泡となった。今井兼女が露国から遥々(はるばる)とそれを懐中(ふところ)にして帰り、お梅が更に受け嗣(つ)いで、男姿になって巴里(パリ)に入り、角三、槇四郎、友介が鎬(しのぎ)を削って争ったその骨折りが、皆煙となって消え終った。

 嗚呼惜(お)しんでもまだ余りある。無情な門苫取(モンマルトル)の岡の土、何故に是ほどまでに、幾人に仇するのだろう。




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