巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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      活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

            第七回 お兼からの手紙 

 大暗室の支配人栗山角三老人は彼の柳條健児に宛てた一通の手紙を取り上げ、封を切ろうとしたが、その手を留めて又も独語(ひとりご)ち、
 「実は此の俺(おれ)も今日限り辞職するに附け、その後で直ぐに私立探偵局を設け、世の人の頼みに応じて行方の知れない人や、紛失した品物を探し、その礼金を得て世を渡る積りで、此の柳條を手下にし、その事務員にして遣(つか)おうと思ったが、この様に政府から疑われる男と分かれば、手下にしない方が仕合せであった。

 此の様な者を使っては、俺までが飛んだ疑いを受ける事にもなり兼ねない。併し待てヨ、手下がなくては差し当たり探偵局を開く訳にも行かず、それだからと言って辞職の後、のんべんだらりと遊んで暮らすのも詰まらない話し。そうだ何か是等の手紙の中に、非常な秘密事件でも書いてあれば、それを種にして、一儲(ひともう)けするのだがーー。

 今まで随分儲けの種になる手紙も有ったけれど、辞職の気がなかったので、その儘(まま)見逃して仕舞ったのは惜しい者だ。とは云え、過ぎた事は仕方がない。兎に角も先ず此の手紙から読んで見よう。」
と云いつつ、傍(かたわ)らにある開封機械を取り出し、上封の糊を緩(ゆる)め、徐々(しずしず)と剥ぎ開くと、流石はその道の玄人(くろうと)というもので、封じ目に何の傷(いたみ)もなく巧みに中味を取り出した。

 「オヤオヤ是は女の手紙だ。而も柳條の宿所を知らないと見え、
 『陸軍兵営にて柳條様、ペリゴーにて今井お兼より』
とあるぞ。扨(さて)はアノ男はペリゴー辺の田舎女に懸想されて居ると見える。イヤお兼とは昔風の名前だから若い女ではない。柳條を育てた乳母ででもあろうか。乳母からの無心の手紙を拝見するのも気が聞かないが、でも先ず読んで見よう。」
と言って読み下す。本文は下の通り。

 「柳條健児様 妾(わらわ)の名前は今も未だお忘れにはなるまいと存じます。妾は御身の叔父君、古澤中佐の率いる軍勢に従い、料理番を勤めて終(つい)に露国まで行き、此の程漸く郷里ペリゴーまで帰って来ました。承(うけた)まわれば、叔父君古澤中佐は、世間では、行方が知れなくなった様に噂されているそうですが、実は一昨昨年十一月二十八日の戦いに手傷を受け、露国の兵士に捕らえられて、同国スモレンスクまで連れ行かれ、同地の病院にて終に死去されました。

 妾も叔父君と一緒に擒(とりこ)となり、一緒に引き立てられて露国に行き、叔父君が此の世の息を引き取るまで、手づから介抱致して進ぜました。叔父君は臨終(いまは)の際までも、御身が事を申し暮して居りました。此の度手紙を差し上げますのも、余の義には之無く、叔父君は愈々(いよいよ)黄泉(あのよ)の旅に上る一日前、病院の医師に立ち会いを求めて遺言書を認め、一切の財産を残らず御身に譲る事と致されました。--。」

 是まで読んで、栗山角三は俄(にわ)かに四辺(あたり)を見廻し、
 「フム大分面白くなって来たぞ。何だか金儲けの種になり相だワイ。」
と打ち呟(つぶや)き、熱心にその後を読み続けた。

 「叔父君はその遺言書を妾(わらわ)に渡し、是非とも之を健児まで届けて呉れと申されました。妾は御身の為を思い、直ぐに飛び帰ろうとまで急(あせ)りましたが、捕らわれの身の如何とも致し難く、翌年に至り、漸く許されて自由の身となりましたが、何分にも旅費の貯(蓄)えもなく、道々他人の賃仕事をして、村から村へと漂泊(さまよ)って、乞食同様の有様となり、帰って来る途中二度までも、無職業の廉(かど)《理由》を以て、牢屋に入れられました。

 しかしながら亡き叔父君の魂魄(こんぱく)が妾を守りくださったのか、別に病気という程の事も起こらず、二年越しの道中恙(つつが)なくペリゴーまで帰って来る事が出来ました。ペリゴーにはまだ親類も有り、じっくりと聞き合わせました所、御身は此の頃巴里に住われているとの事。

 しかしながらその宿所が定かでないので、陸軍兵営へ宛て差送ります。妾は是から上の遺言書を御身に渡す爲め、明朝の郵便馬車に乗り込んで、巴里へ向け出発いたします。固(もと)より巴里は初めての事ですので、何所に泊まるかも知れ難く、到着次第直に御身の宿所を捜し出そうと思いますが、何とぞ御身に於いても此の手紙をお読みなされ次第、直ちに妾(今井お兼)へ宛て中央郵便局留置にて返事を下されますようお願いします。

 妾は毎日郵便局へ行き、御身からの返書を聞き合わせるように致します。妾は御身を尋ね当てるまで、巴里に逗留が出来ます様に、親類から旅費を借り受けてありますので、御安心くだされますようお願い致します。」

 栗山は心の中で、
 「フム感心に熱心な女だ」
と呟(つぶや)き、
 「尚、上に申す遺言書は妾が充分に注意致し、何人にも奪われない様、堅く用心を加えてありますので、直々御身に渡す外は何人にも渡しは致しません。これは叔父君から呉々もお頼みに御座いました。又叔父君の申されますには、途中で必ず此の遺言書を横取りしようとする者があるはずであるから、何人にも他言するなとの事ですので、妾は今以て遺言書の遺の字も口外しては居りません。

 尤も念の為にと思い、ペリゴーにて聞き合わせました所、叔父君の財産は、今なお代理人の手で管理致して居りました。素より金満中佐と綽名される程ですので、その額は唯今でも二百万フラン以上と確かに承(うけたまわ)りました。然る所、ここに恐る可きは、叔父君古澤中佐の妹の息子に、鳥村槇四郎と申す者があります。

 此の男は兼ねて善からぬ性質(たち)にて、槇四郎と云えば誰も相手にしない程です。ずーっと以前に叔父君に勘当を受け、今は他国へ行って居るとの事ですが、此の槇四郎こそ血筋の上では、古澤中佐の第一の身寄りに当たる者です。御身は古澤中佐の妻の妹の子。槇四郎は中佐自身の妹の子でありますので、御身よりも槇四郎の方が中佐の近い親戚ですから、若し中佐が遺言状を認めずに死去致されましたなら、二百万フランの財産はその筋の法律によって、無論鳥村槇四郎の物と相成る筈に御座います。

 之に依り槇四郎は既に内々叔父君の代理人を取り込み、その筋へ古澤中佐失踪の事を言い立て、その財産を横領(おうりょう)しようと謀(企)んで居る由に御座います。叔父君が槇四郎を勘当したのは、勿論当然の事に御座いますが、その筋では、その様な事情を存知有りません。又槇四郎に於いて、万一妾が此の遺言を持ち帰って居る事を聞き知ったならば、必ず妾を殺してでも、此の遺言書を奪って焼き捨て、旨々(うまうま)中佐の大財産を我物とするに相違ありません。妾も甚だ気掛かりで仕方が有りませんので、至急御渡し申したいと存知ます。依って呉々も中央郵便局留置にて、今井お兼へ宛て、当今のご住所だけでも御知らせ下さる様お願い申し上げます。あらあらかしこ。」

 是だけで手紙の文は終わりだった。



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