巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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      活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

      第八回 胸算用する角三  

 長々しい今井兼女の手紙を栗山角三は読み終わって下に置き、
 「是だ是だ此の手紙こそ一財産作る種だぞ。是が儲(もう)けの種にならなければ、世の中に儲けの種はないと云うものだ。此の様な時に周章(あわて)ては了(い)けないから、先ず落ち着いて好く考えなければと云う中に、その丸い眼は異様な光を現して来た。その薄い唇は自然と曲がって、欲深い笑みとはなった。

 「そうだ、充分に落ち着いて。」
と云いながら巻煙草を取り、一吸い吸おうと火を移したが、何分意外な儲け口に心は充分落ち着かないと見え、手先までも震えて止まらず、
 「此の様な儲け手紙を見出したのも、実は俺(おれ)が正直に事務を取るからの事だ。外の人なら明日辞職する今夜まで、常の通り事務は取らない。有難い有難い。今夜ここへ来たと云うのも、矢張り正直の報いであろう。この様に云って再び手紙を取り上げ、口の中で精密に読み終わり、

 「フム、事の筋道は充分此の手紙で分かって居る。待てよ、第一に金満家と綽名(あだな)される古澤中佐と云う者があって、それが露国(ロシア)の病院で死に、その財産を譲るべき息子が無い為に、之を我が妹の子鳥村槇四郎と云う者に譲るのが当たり前だけれども、槇四郎は悪人で、以前に勘当まで仕てあるので、我女房の妹の子柳條健児に譲る事にし、その遺言書を認めたと云う者だ。

 所でその遺言書を預って居るのが此の今井兼女だ。何でも此の兼女は幼い時に柳條健児を育てた事があるので、今もまだ健児を我子の様に思い、健児の為に艱難辛苦してその遺言書を持って帰り、是から健児に渡そうと云う所だ。好し好し此の事を知る者は、広い世界に唯俺と彼女ばかりだぞ。待て待て。」
と言って又も煙草を一ぷく吸い、

 「所で此の兼女が、乗り合い馬車に乗って此の巴里へ出発した。その出発を知らせる為の此の手紙だから、自分は手紙を出してその後で出発する。左すれば兼女が此の巴里へ着くのは今夜ではない。必ず明朝だ。

 明日巴里の入口で待って居れば、此の兼女を捕らえる事が出来る。そうだ捕らえるには、第一人相を知って居なければならない。ハテナ兼女の容貌は何んなだろう。柳條健児の乳母と云うから、年は先ず四十以上で、顔はーーそうさ顔は日に焼けて真っ黒い方だ。

 戦場へ行って料理人を勉めたと云えば、肥え太った方だろう。是だけ分かれば訳もなく捕らえられる。一つの馬車に此の通りの女が二人乗って来る筈はないだろう。直ぐに分かる。それに俺もその昔し、探偵まで勤めた男だ。探偵の功に拠り、大暗室の事務長に栄転した程だから、今井兼女を唯一人押さえる位は訳もない。

 所で兼女は唯唯島村槇四郎に捕らえられる事を心配して、充分用心はして居る様子だ。用心とは何だろう。第一先ず名前を変えて居るだろうな。次にはその遺言書を靴の中へ隠して居る、イヤ靴じゃない必ず下着の襟へ縫い込んで居るだろう。

 先ずそれも好しと。所で一番大事な点は、此の兼女が巴里へ着くが否や、直ぐに俺の家へ連れて来なければならない。若し島村槇四郎か又は柳條健児に逢わせては、俺の計略は敗れて仕舞う。先ず柳條は先程も見た通り、未だ世の中の駆け引きには充分慣れて居ない男だから、恐れるには足りない。唯槇四郎と云う奴は何の様な男だか。

 勘当を受ける位だから悪人には違いない。悪人と云われる奴は、兎角悪がしこい者だから、此奴(こやつ)を少し用心しなければならないテ。何の様な事で此奴目が、俺よりも先に兼女の事を探り知り、馬車の着く所へ手を廻して、兼女を捕らえないとも限らないテ。そうだ、此奴目(こやつめ)が兼女を押さえれば、俺の目的は破れて仕舞う。

 此奴、必ずその遺言書があっては、二百万の財産が悉(ことごと)く健児の物となるのを知り、その遺言書を破って仕舞う。だから此奴(こやつ)を用心しなければーーー好し好し充分に用心して旨(うま)く此奴より先に兼女を捕らえるとして、捕らえた所で何うするのが好いだろう。

 先ず言葉を巧みにして、俺は柳條健児の親友だが、此度(このたび)健児に頼まれてーーイヤイヤ頼まれてでは面白くない。此度柳條健児が国事犯の嫌疑で牢に入り、俺に万事を頼んで置いた。そうだそうだ、こう云って気永く騙(だま)せば追々俺の親切に感じ、その中には俺に遺言書を渡す事になる。

 サア遺言書さえ巻き上げて仕舞えば、此方(こっち)の者だ。イヤイヤ未だ此方の者ではない。巻き上げてから後が難しいのだ。ハテな。」
と云って良(やや)五分間ほど考えた末、

 「フム何しても此の遺言状を柳條健児か島村槇四郎へ売り付ける外はない。二百万フランの品だから、百万フランに売り付ける。そうだ何方(どっち)へ売り付けるのが便利だろう。先ず島村の所へ持って往く。島村は此の遺言書を焼き捨てさえすれば、二百万フランの財産が手に入るから、此の遺言書を欲しがるのは必定だ。

 若し百万フランでは高いから五十万フランに負けろと値切れば、それではナニお前に売るのは止して、柳條健児の所へ持って行こう。そうすればお前は一文にもならない人となると、こう云えば百万フランは高いけれど、それでは仕方がない、愈々(いよいよ)財産を受け取った暁には、その半分を分けて遣ろうと云う事になる。

 旨(うま)い旨い。イヤ待てよ、愈々島村が財産を受け取る事になれば、此の今井兼女が黙っては居ない。必ず俺に騙されたと気が付いてその筋へ訴える。そうなれば俺は罪人だ。一思いに今井兼女を殺して仕舞えば好いけれど、人一人殺すのは容易な事ではない。

 後で露見すれば俺が死刑になる。俺も大事な一人娘があるからは、その様な乱暴は出来ない。左すれば島村槇四郎へ売り附ける事は思い止まり、柳條に売り付けるのが一番の近道だ。

 柳條は何所に居るか知れないけれど、既にその顔だけは知って居るから、夜前の珈琲店へ毎晩行けば、その内には逢うだろう。好し好し、柳條に百万フランで売り付けて、若し否と云えば、それでは島村へ渡すぞと威(おど)すから訳はない。
 柳條柳條、今夜柳條に逢ったのも、矢張り神の引き合わせだと云う者だ。」

と栗山角三は独り胸の中で後々の事まで詳しく思案し尽くした。



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