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決闘の果(はて)(三友社 発行より)(転載禁止)
ボア・ゴベイ 作 黒岩涙香 翻訳 トシ 口語訳
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決闘の果 ボア・ゴベイ作 涙香小史 訳述
序
倩(つらつ)ら在来の日本小説を見るに、甲を通じ乙を通じ其趣向の凡庸通常なる、殆ど千篇一律の感あり、読んで其の半ばに及べば以て全篇の結構を暁(さと)るべく一臠(いちらん)《細切れ肉》を甞めて全鼎の味わいを知るもの実に是なり。此の局促なる小説に安んじ他に幾多の好小説あるを知らざりし我が日本の文壇に破天荒の奇想を以って新たな旗幟を樹(た)て疾風の枯葉を捲き去るの勢い揮って旧来の駄小説を駆逐するものを西洋小説となす。而(しこう)して蟹行の書に眼ある世其人に乏しからずと雖も多数の看客尽く之を解する能ハず。爰(ここ)に於いて涙香小史の筆あり。其奇を探り珍を求め孜々(しし)《怠らず努める》之を訳出して世に公にし、世人之に拠りて西洋小説の真味を解し得るに至りては、其の奇に驚き、妙に驚き、手にせる幾多の駄小説を抛(なげう)ち争て之を得るに急はし。洛陽の紙價為に貴く、百家案頭必ず一部の翻訳小説無くんばあらず。是れ実に其の趣向の絶倫なるに由るハ読者の既に信じて疑はざる所なり。此の決闘の果なる一篇、亦小史の啓筆を煩わして世に顕はるるもの、趣向ハ勿論奇想天外に零(お)ち、筆力ハ素より疾風落葉を掃(はら)ふ。是をこれ双絶と云ふべし。蓋(けだ)しこれ読者の夙(つと)に信ずる所、予の贅餐(ぜいさん)を俟(ま)たず、此書板成るに及んで序を予に責む。乃(すなわ)ち読者の知る所予の信ずる所を序して、其役を果す而己(のみ)。
明治二十四年
五月上旬
笠園主人 識
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