巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

kettounohate13

決闘の果(はて)(三友社 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2019.1.24


下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

    決闘の果   ボア・ゴベイ作  涙香小史 訳述
         

     第十三回 嬢を援助したい

 年若い男女二人、人の無い所に差し向いになって、互いに心の中を語り合う、是れほど危い事は無い。一言の過ち、一語の疎匇(そそう)から忽(たちま)ち千畳の情波が起きて来て、二人の生涯を誤る事とも成って来る。遠くて近いの名言も是等を言うのではないか。

 大谷は年五六(三十)に過ぎず、春村夫人は未だ五五(二十五)の春をも迎えては居ない。二人とも自ら恋知らずと名乗っては居るけれど、唯一脚のテーブルを隔てて打ち解けて語り合っている。危なく無いとは言い切れ無い。若しその過ちが無ければ幸いである。

 夫人は椅子を引き寄せながら、
 「桑柳さんが亡くなっては、森山嬢もきっと困る事でしょうが、是から何うなさる積りですか。貴方に聞けば大抵は分かるかと思いますが。」
 大「しかしそれが分かって何うします。又例の男気を出し、救って遣るとでも言うのでしょう。」

 夫「ナニ救うと言っても、貧民の娘と違い、兎も角も令嬢と立てられて居る身分ですから、不躾(ぶしつけ)に救うなどと言う事は出来ませんけれども、姉妹の様に親しく交わって見度(た)いと思います。」
 大「それは至極結構ですが、しかし森山嬢は非常に見識の高い女で、既に私は桑柳の死に際の言葉に従い、先刻に面会をしましたが、仮令(たと)え桑柳から財産を贈られる様な事が有っても受け取らないと言って居ます。」

 夫「それはそうで無くては成りません。貧しいとは言う者の、母子(おやこ)二人で倹約して暮らせば、暮らされるだけの身分ですもの。未だ婚礼もしない人から、財産を受けたいなどと、言いますものか。でも先(ま)ア、桑柳が死んだとして見れば、後ろ盾を失ったも同様ですから、随分心細い事も有りましょう。

 ですから私が姉妹の様に親しくして、此の家へも向かえて来て、諸所の宴会(パーテー)へも連れて行く様にすれば、倚倆は好し、行儀作法も知って居る嬢ですから、その中には又桑柳さんの様に財産の有る人が、嬢を思い初(そ)める様な事も有りましょう。」
 
 大「しかし嬢は当分交際社会などへは顔出しをしないかも知れません。是から後は、画(え)を書いたり、彫り物その他の細工をして、独立して世を送ると言って居ます。本当は尼寺へでも入り度いけれど、それは母が困るから、寺へ入った気に成って脇目も振らずに稼ぐとか、何でもその様な事を言って居ました。」

 夫「そうですか。尼寺へでも入りたいと。それでは非常に桑柳を愛して居たと見えますネ。」
 大「所がそうでは無いのです。桑柳を兄か友達の様に敬っては居たけれど、少しも愛情は無かったと言いました。愛情は無いけれど母に安心させる爲め、又夫婦に成って暮らす中には本統の愛情も出て来るだろうと、そう思って夫婦約束をしたと言います。それは嬢が私に打ち明けて話したから確かです。その事を桑柳が知って、『俺が是ほど愛するのに、未だ俺を愛さないか。』と失望の余り死ぬ気に成ったと言います。」

 夫「ヘヘエ、それでは桑柳さんは、失望の余り死ぬ気に成って、それで人に喧嘩を仕掛けたのですか。」
 大「ナニ喧嘩を仕掛けたのも、矢張り嬢の為を思って仕た事で、アノ本多満麿と言う奴が、人の前で嬢の事を悪く言い触らしますから、外に口実を設けて決闘の端を開いたのです。」

 夫「オヤオヤ、それではアノ本多満麿と言う人が、桑柳を殺した本人ですか。」
 大「そうです。彼奴(きゃつ)が決闘の相手です。彼奴は水曜日の面会日には、貴女の許へも来る様ですが、若し貴女が此の後、嬢と懇意にする心が有るなら、彼奴を寄せ付けない様にしなければ成りません。」

 夫人は暫し考えて、
 「でも貴方、水曜日には誰にも面会すると定めて有るから、本多一人に面会しないと言う事は、ちょっと出来難いと思いますが。」
 大「ナニ出来難い事は有りません。貴女の屋敷ですから貴女の随意で、誰某(だれかれ)には面会しないと断っても、少しも不都合は無いでしょう。」

 夫「イエ、初めて面会に来る人なら断りもしますけれど、今まで永く懇意にする人をーーー。」
 大「イエ、どうしても断れと言うのでは有りません。唯だ彼を断らなければ、森山嬢が貴女の屋敷へは来ないであろうと言うのです。」

 夫「それは実に困りますよ。断ると言っても、それだけの訳が無くては唯断ると言う事も出来ません。」
 大「訳は幾等でも有りましょう。譬(たと)えば森山嬢が来て居るから、嬢に遠慮をして面会を断ると言っても好し。」
 夫「成る程そうですネ。そう言って断りましょう。そうすれば嬢も此の家へ来ましょうから。」

 大「イヤ本多を断りさへすれば、直ぐに森山嬢が来ると思っては間違いです。今も言う通り見識の高い女ですから。」
 夫「それはそうですとも。本多が来ないから直ぐに嬢が来るだろうとは思いません。嬢を呼ぶには又それだけの訳が無くてはーーーー。」
 大「そうですね。それでその訳は何と言います。何う言って嬢を呼びますか。」

 夫「私もそれを思案して居ますが、今貴方のお話では、嬢が一生懸命に稼ぐと言って居る相ですから、丁度裏の庭へ離れ座敷を新築して居ますので、彫刻(彫り物)か画(え)の事でも頼んで呼び寄せようと思います。その壁に四季の花を描くから泊まり掛けに来て書いて呉れとでも言いましょうか。そうして泊り掛けに来て居る間には、此の家へ来る客の中で、嬢を見初める人も必ず有るだろうと思いから。」

 大谷は少し笑いを含んで、
 大「中々そう言う者では有りません。見初めるにした所で、嬢は再び自分より経済状態の好い人とは、結婚しないと言って居ます。此度の事なども詰まり、財産が釣り合わない所から、様々の評(うわさ)が起こったので、自分に財産が出来ない中は、本統に幸福な結婚は出来ないと言いました。」

 夫「それは嬢の間違いです。私が気永く言って聞かせます。私などは此の様に女に過ぎた財産が有るために、何時も残念だと思う事が有ります。」
と言いながら、少し悲し気に打ち鬱(ふさ)いだ。日頃活発な此の夫人が鬱ぐとは奇妙である。大谷は怪しんで、

 「エ、財産が有れば何故残念です。貴女の財産は巴里中の夫人で羨まない者は無いでは有りませんか。」
と熱心に問い掛けた。



次(第十四回)へ

a:9 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花