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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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決闘の果(はて)(三友社 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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     決闘の果   ボア・ゴベイ作  涙香小史 訳述

       第二十一回 夫人と話す大谷

 此の翌日の午後一時頃、春村夫人と共に何事をか語りながら夫人の邸(やしき)の裏庭に逍遥する二人の客があった。是は大谷長寿と小林康庵である。二人は昨日乗馬市で夫人から昼餐の案内を受け、各々心に一物あるので、今日は時刻を違えずに訪とずれた。既にその小宴も済んだので、煙草を燻らせながら夫人に従って此の所に出て来たのだ。

 裏庭の一方には夫人が人々を驚かそうとして、此の程から新築中の一種異様な小亭がある。外部は既に出来上がって、足場も取り捨て、今は唯内側の飾り附けに取り掛かかっていると言う。何しろ夫人の好みだけあって、その構造の奇なことは唯驚く外はないけれど、小林は早く彼の本多満麿の忍び入った裏門を調べようと思い、又大谷は早く夫人と唯二人になって、此の頃の世間の評(うわ)さが将(まさ)に夫人の身の上に及ぼうとする事を知らそうと思うので、小亭の構造は深く目に留まらない。

 夫人はそうとは知らないので両人に打ち向かって、
 「何うです。アノ離れ座敷の拵(こしら)え方は、全体工学士の意見では、三階にするのが好かろうと言いましたけれど、家が三階ですから、故(わざ)と二階にしたのですけれども、天井を高くして有りますから、屋根も通例の二階よりは高く、塀の外からも見えると言いますから、新たに又高い塀を積ませる筈です。

 小「今までの塀は成る程私どもの目にも少々低過ぎるかと思われます。しかし此の通り葛(かつら)などが這い上って居るのを毀(こわ)すとは惜しいものです。」
 夫「でも古い塀の上へ新しく積み上げるも可笑しな者ですから、事に由れば此の塀は此のまま置いて、別に此の外へもう一つ立てようかとも思います。幸い外の地面は私の物ですし。」

 小「それが好う御座います。此の古い塀を毀(こわ)しては古物保存家に笑われます。しかし此の塀には裏門とも言う様な潜(くぐ)りが何所にか有りましょう。」
 夫「ハイ潜りは丁度離れ座敷の後ろに当たります。此方(こっち)へ来れば見えますよ。ソレネ、彼方(あすこ)にアレ丈葛の無い所が有りましょう。アレが戸に成って居るのです。」

 小「成る程、人が出入りするから戸の開け閉(た)てに葛が剥脱(はげ)て居るのですな。」
 夫「それも此の三月ほど前には一面に葛が搦(から)んで居たのです。しかし大工などの出入りに不自由ですから、又彼許(あそこ)を開ける事にしました。」

 小「しかし彼(あ)れを出入り口にしては、夜分などは自然に用心が悪いし!。」
 夫「ナニ用心の悪い事は有りません。一人番人を附けて有りますので。」
と言いながら又大谷に向かい、
 「奇妙な事の有る者ですネエ。私が番人に雇い入れた男と言うのは、元、森山嬢の家の取り次ぎを勤めて居たと言う事です。そうとは知らずに雇い入れましたが、此の頃嬢が来てそう言いますから、是も矢張り私が嬢と、懇意にする前兆ででも有ったのだろうと、そんなことを言いました。」

 大「しかし森山嬢は!」
 夫「今アノ離れ座敷で壁に絵を書いて居ます。嬢は兎角に鬱(ふさ)ぎ勝ちですから、小林さんの様な交際に慣れた方に慰めて遣って戴き度いと思いまして。」

 小「ヘヘエ、そうですか。あの嬢が鬱(ふさ)ぎ勝ちとは、何う言う訳ですか。尤も許嫁の夫として居た桑柳が死んだから、それも無理は有りませんが、私の口で慰められる限りは慰め申しましょう。」
と小林は是を機会(しお)に、夫人の傍を離れて、彼の小亭に入って行ったのは、唯大谷と夫人に密話の時間を得させる為に違いない。

 後に残った夫人は大谷に向かい、
 「貴方は先夜、ぶっそうな話をしてから、もう三週間にも成りますけれど、一度もお出でに成りませんが、アノ話しを恐れましたか。」
 大「ナニ恐れる所では有りませんが、と言って貴女も是までは散歩の帰りに大抵私の家へお立ち寄りなさったのに、此の頃は一向にお見得なさらないのは!」

 夫「ハイ、私はアノ様なお話しをしましたから、その余温(ほとぼ)りの冷めない中に再びお目に掛かっては、又もや飛んだ事に成りはしないかと思いまして。」
 大「それではもう余温(ほとぼり)が冷めましたか。」
 夫「冷めたからお招き申したのです。貴方も冷めたから入らっしたのでしょう。」

 大「イエ、私しは冷めたか冷めないかは、自分でも分かりませんが、実は貴方にお知らせ申したい事が有りまして。そうで無ければ未だ今日もこうしては来ない所でした。」
 夫「知らせるとは何事です。」
 大「何事と私が言わなくても、多分貴女の心に覚えが有ろうかと思いますが。」
 
 夫「覚えとは何の覚えが。」
 大「貴女は約束に背きましたネ。アノ本多満麿を寄せ附けないと私に約束なさって。」
 夫人は此の言葉に非常に打ち驚き、見張る眼に大谷の顔を見上げ、
 「オヤ貴方は何故その様な事を疑います。森山嬢も知って居ますが、先日本多が玄関まで来ましたから、以後面会を断ると言って、その事を取り次ぎから伝えさせました。その後は一度も参りません。又、参ったとて寄せ附けません。」
と明らかに言い切った。

 大谷は是から如何なる事を言い出すのだろう。



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