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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

kettounohate33

決闘の果(はて)(三友社 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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    決闘の果   ボア・ゴベイ 作  涙香小史 訳述
         
      第三十三回 稀に見る悪女

 詐欺の手段を見破られて悄々(すごすご)と引き退く古山禮造と引違いに小林洪庵が入って来たたので、大谷は之を人の居ない一室に伴って行き、
 「君は非常に遅かったでは無いか。見れば顔色も好く無い。」
 小「フム少し心配な事が有って、実は君まで伝えに来たが、夫れより先聞きたいのは、君、公証人の許へ行って来たか。」

 大「アア行って来たが、是ほど馬鹿馬鹿しい事は無い。偽の手紙に騙されたのだ。」
 小「フムそれで分かった。もう悉皆(みんな)分って仕舞った。」
 大「何がその様に分かったのだ。僕は誰の悪戯(いたずら)か合点が行かないから、君の意見を問度いと思って。」

 小「フム、僕の意見を聞かせようが、先ず君に知らせて置かなければ成らない事が有る。今夜春村夫人が大怪我をしたぜ。」
 大「ヤ、ヤ、春村夫人がーーーー。大、大怪我を何うしてした。君が附いて居ながら。」
 小「イヤ、僕が附いて居ても駄目だ。敵の方で充分手筈を定めて有ったから。」

 大「敵とは誰だ。古山禮造か。」
 小「そうだ。古山禮造も同じ事だ。実は本多満麿だから。」
 大「それは失敬な。何うしても彼奴(きゃつ)を殺して仕舞わなくては。ーーー先ずその怪我の経緯(いきさつ)を聞かせて呉れ。」

 小「こうサ。僕が劇場から堀端まで夫人の馬車を見に行っただろう。アノ時本多の馬車も有るし、又本多が破落戸(ごろつき)の様な風をした奴と暗い所に立って、何か私々(こそこそ)話をして居
たのさ。今考えて見ると、本多は春村夫人を害する為に、其の破落戸に頼んで居たのだ。」

 大「それから。」
 小「それから芝居へ帰り、今度は春村夫人を送って行った所、馬車の傍に先の葉落戸が立って居るから、僕は充分に用心したけれど、仕方が無い。丁度馬車の戸を開けて夫人を乗り込ませた所へ、其奴(そいつ)が飛鳥の如くに遣って来て馬を驚かせたのだ。」

 大「それで馬が駆け出したと云うのか。」
 小「そうだ。僕はその破落戸(ごろつき)を追掛けたけれど、仕方が無い。兼ねて本多の馬車が待って居て其奴(あいつ)を載せて逃げ去った。引き返して見ると夫人の馬車は早やラフエ街の角の所で普請中の立番所へ突き当たって微塵に成り、馬は即死し、馭者は手を折って腰を抜かした、夫人は両の足を折って仕舞った。」

 大「ヤア小林、何を云う。春村夫人が両足を折った。夢では無いか。僕は之から夫人の許へ行って来る。」
 小「止せ、今夜行ってはいけない。夫人から明日来て呉れと言伝(ことづて)が有った。」
 大「足を折って何した。」

 小「釣り台に載せて早速邸(やしき)まで運んで行き、且つ巴里第一等の外科医者を呼び、僕と共に充分診断したが、怪我は随分重いけれど、少しも心配は無い。唯だ月日が少々掛かる丈で、直る事はきっと直る。跛足(びっこ)などに成らないのは勿論、傷の痕まで見えない様に治療が届く。殊に夫人は充分に落ち着いて居るのだから、少しも心配する所は無い。僕は治療が済むと此の通り直ぐにここへ遣って来たのだ。」

 大「先ず直るなら不幸中の幸いと云う者だが、馭者が附いて居ながらその様な事に成るとは。」
 小「馭者が附いて居たからと言って仕方が無い。是だもの。好く見たまえ。」
と言って衣嚢(かくし)を探って、何やらん指の先ほどの、小さい者を取り出して示すので、大谷は怪しみ受け取って調べて見ると、真ん丸い鉄砲の丸(たま)であった。

 大「是が何したのだ。」
 小「是は馭者が馬の倒れた所で拾ったので、曲者が馬の耳へ投げ込んだものだ。」
 大「なる程それは堪らない。何の様な馬でも、何か投げ込めば、自分で出す事が出来ないから、ゴロゴロと耳の奥で鳴る間は、宛(さなが)ら狂気の様に走り出し、決して留まる者では無い。殊に鉄砲の丸などを入れては、頭が砕けるまで走って行くから。」

 小「そうサ、実に馭者の手には負いないのサ。それでも夫人の馭者は非常に巧者だから、馬が駈け出そうととする途端に、鞭を振って曲者の顔を打ったと言う事で、曲者の顔には必ずその痕が残って居るから、馭者は一目見れば其曲者が分かると云って居る。」

 大「分かった所が今と為っては仕方が無いが、全体何故に本多がその様に夫人を狙うのだろう。是では全(まる)で人殺しの企てと言う者だ。」

 小「そうさ。実に人殺しの企てだ。夫人の命が助かったのは実に不思議の至りだ。僕も今まで何故に本多が夫人の名誉を狙い、夫人の命を狙うのかと、実に不思議に思って居た。既に彼の決闘の時からして、僕の胸には一個(ひとつ)の大疑惑が横たわって居たのが、一月ほど彼是と考えた末、今に成ってヤッと合点が行った。実に深い謀(企)みが有るよ。」
と小林が充分に事の本末を見極めた様に言い出すので、大谷は怪しく思って、

「深い謀(企)みとは何の様な事柄だ。」
 小「君驚きたもうな。元来森山嬢と言うのが、アノ様な優しい顔をして居て非常の悪婦だぜ。事の原因は皆嬢から出て来るのだ。桑柳の死んだのからして、既に嬢の謀(企)みに違いない。」
と非常な事を言い出したので、大谷は日頃冷静な小林が、今宵俄かに発狂したのではないかと疑うのみ。

 読者よ、今まで将来問ひ来たりたる人々の行い、唯だ上部(うわべ)に現れたる所にして、その本多古山等の行いは、目的がある様な無い様な、殆んど何の為であるのか、何の事であるのかを明確にするのに方法が無かったが、小林の明眼でその由来が悉く明白になろうとしている。

 先に小林が決闘場にて拾った木の弾丸から無名氏が遺言状を送り附けた訳柄に至るまで、小林は漸く察し得たので、之から説明して大谷に聞かせようとしているのだ。
 その説明は果たしてどの様なものなのだろうか。


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