巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

kettounohate39

決闘の果(はて)(三友社 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2019.3.9


下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

    決闘の果   ボア・ゴベイ 作  涙香小史 訳述
         

      第三十九回 生々しい血の痕

 大谷の書き残した手紙によれば、十一時から十二時の間に仇を復(かえ)すとあるので、今将に闘いの真っ最中であるのに違いない。何所で闘かって居るのかは小林は知らないが、前から大谷の計略を知っている者である。大谷が森山嬢を妻としたのは、夫たるの名義を以て嬢と本多とを殺す為である。

 仏蘭西(フランス)の法律は、不倫をされた夫に権利を与えるに姦夫姦婦を殺すの権を以てせり。姦夫と姦婦とが忍び会う所をば、夫が若し目撃した時は、現場に於いて差し殺すことを勝手とする。

 大谷は此の法律を盾に取り、嬢を我が妻と定めた上で、嬢が本多と忍び逢う時を窺(うかが)い、其の場に躍り入って両人を殺そうと謀る者である。此の謀り事は実に危(あやう)い計画ではあるが、大谷は一旦決心した事は後へ退(ひ)かない気性なので、この様な計略を用いるに至ったのだ。

 しかしながら法律の文面は、仮令(たと)え正式の夫であっても、若し前以て物蔭に隠れて妻と姦夫の密会を待ち受けて居た場合には、其の夫を無罪とせず、十年の禁獄に下す事になっている。小林は医学生ながらも、この様に一通りの法律を知っているので、大谷の身を気遣う事並大抵ではなかった。

 何所を目的(めあて)に尋ねて行ったら好いだろうかと、暫し手を組んで考えたが、森山嬢が本多満麿と忍び会うのは、門苫取(モンマルトル)の墓場の傍にある、福田老夫人の貸家の中に違いない。是れは既に倉場嬢が見つけて来た所なので、確実だと思われる。

 大谷が復讐の場所をと選んだのも、此処を置いて外には無い。漸(ようや)くこの様に思案が定まったので、小林は再び馬車に乗り、門苫取(モンマルトル)へ急がせたが、唯墓場の横手と聞いただけで詳しくは知らないので、先ず馬車からここらだろうと思う辺りを指して、墓の横手の狭い町を、其処此処と経廻るうち、やがて目に留まった一軒の玩具屋(おもちゃや)があった。

 是れが倉場嬢が問うた店に違いないと思ったので、其店先に立ち寄って、主婦(あるじ)と覚しい女に向かい、
 「此の辺に福田老夫人の貸家が有ると聞きましたが。」
と問うと、

 主婦「ハイそれは手前共が預って居るので、此の先の尽頭(はずれ)に二軒あります。
 先の一軒は前から塞がっていて、手前の一軒は昨日借り手が有りました。」
と答えた。小林はこう聞いて悸(ぎ)くりと驚いた。

 勿論家を借りる積りは無いので、其の家が塞がった事は気にしないが、昨日に借りたと言うのは、若しや大谷では無いだろうか。既に家まで借りたと有らば、殺す目的で前以て隠れて居たとの証拠と為るため、仮令(たと)え首尾好く其の仇を打ち果せたとしても、罪と為るのは確実である。

 アア大谷は若し復(かへ)り打ちの不幸を免れたとしても、必ず十年の刑に落ちるに違いない。彼れが刑に落とされたならば、春村夫人を如何しよう。兎に角も先ず現状を見届ける外は無いと、小林は好い加減に主婦(あるじ)に挨拶し、町尽(外)れに歩んで行くと、本多の借りてある家は戸も閉まって居て、昼ながら森々と静かである。

 さては早や闘いが終った後だろうか。兎に角も戸を破ってでも中を調べようと、総身の力を肩先に込め、強く其の戸に突き当たると、これは如何したことだろう。戸は唯閉めた儘(まま)にしてあって、錠さえも掛けて無かったので、小林の力にパッと開き、小林は其中へ転げ込んだ。

 この様な時でも落ち着いた男なので、先ず飛び去った帽子を取って頭に置き、戸の錠前を調べると、非常な力を以て旋(ね)じ切った者である。さてはと驚いて見開く目に、忽(たちま)ち留まったのは、戸の内側に今でもまだ、生々しく乾きもせずに残って居る、血の痕である。血の附いた手を添へた痕である。

 アア是れは何の兆(しるし)だろう。考えれば考える程恐ろしい。大谷は短銃を持って来たと言うからには、彼れは仮令(たと)え敵を殺すとも、手を血に汚す筈は無い。そうだとすれば是れは大谷が復打(かへりう)ちに逢った証拠では無いか。

 大谷は此の戸を推し破って入るうちに、中に居た姦夫姦婦は用意を調(ととの)え、大谷が短銃を持って二階へと登って来る所を待ち受け、短剣で大谷を刺し殺したのでは無いだろうか。刺し殺して二人とも逃げて行ったのでなければ、ここに血が附き、手の痕が残る筈は無い。

 小林ハ驚く胸を推し鎮めて、徐々(しずしず)と二階へと上って行った。
 アア小林も大胆である。

次(第四十回)へ


a:27 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花