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決闘の果(はて)(三友社 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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    決闘の果   ボアゴベ作  涙香小史 訳述

     第六回 木製の弾丸

 胸を射貫かれた森山嬢の写真、是れ何事の前兆だろう。徒(いたずら)に心を痛めて見ても仕方が無いので、大谷は其の写真を元の様に彼の手帳に挟み、
 「之を僕が預って置く。」
と言って我が衣嚢(かくし)へと収めた。此の中には必ず桑柳の言った様に我れに宛てた書置きが有るに違いない。後で緩々(ゆるゆる)読もうと思って居るのだ。

 小林は少し不審気に眉を顰(ひそ)めて、
 「僕の考えでは、事に由ると其の手帳の中に、大切な書類なども有ると思うが、若し彼の弾丸で射貫かれた為め、桑柳の名前でも無くなって居るならば、書面によっては役に立た無い事にも成るテ。困った者よ。」

 大「イヤ其の様な事が有るかも知れないが、それは又後で篤(とく)と検めて見る事としよう。兎に角人足の来次第、死骸を巴里迄送らせて我々も直ぐに帰ろう。」
 小「帰るのは好いが、中々事が面倒だぜ。死骸を人足に舁(かつが)せて行く中には、固(もと)より巡査にも見られるし、警察へ呼ばれて調べを受ける事に成から。」

 大「ナニ其様な事が有る者か。殺したのは本多満麿で僕と君とは殺された者の介添人だもの。」
 小「今は決闘が禁じられて居るから、介添人も同罪だ。」
 大「でも本多満麿の介添人は罪に問われるとも、吾々は無論無罪さ。」

 小「爾(そう)は了(い)かないテ。桑柳は本多を殺しはしないが、既に短銃(ピストル)で狙い、引き金まで引いた以上は、謀殺の心が有ったので、即ち謀殺未遂の罪に当たる。吾々も其の同罪だ。」

 医師に似合わず、考えの緻密な此の小林の言葉を聞き、磊落(らいらく)《心が大きく、物事にこだわらない》な大谷は、
 「エエ面倒臭い。」
と言う顔で、
 「それなら何うすれば好いのだ。」
 小「仕方が無いから巡査に見つからない前に、此方から警察へ届けて出るサ。」

 大「爾(そう)か。仕方が無い。其の手続きは君に頼むよ。」
 小「ヨシ、僕が引き受ける。併し此の点になると古山、藻岸の両人は罪が軽い。彼奴(きゃつ)は本当に目から鼻に抜ける奸物だ。すっかり罪を遁(逃)れる様に其の手続きを尽くして有る。」

 大「それは何う言う訳で。」
 小「何う言う訳って、彼奴は仲裁を言い出したでは無いか。それを君が桑柳にも相談せず断然仲裁は出来ないと言い切ったから、君の罪が一番重い。彼等は警察で調べを受ければ、私し共は仲直りをするのが好いと言いましたけれど、大谷が聞かなかなかったので、止むを得ず此の始末に及びましたと、こう言い立てるに極まって居る。」

 大「成る程爾(そう)だ。益々以って憎い奴等だ。孰(いず)れ此の敵は取って遣るから覚えて居るが宜(よ)い。併しそれよりも人足が非常に遅いでは無いか。僕は自分で行って人足を呼んで来る。アノ藻岸の受け合ったのを当てにして待って居ると、待ちぼうけを食うかも知れない。君はここに番をして呉れたまえ。」

 小「それが好い、それが好い。行って来たまえ。それに又、乗って来た馬車も馭者(ぎょしゃ)と共に未だ此の外に待って居るから、馭者にも用意をさせたまえ。」

 大「好し、心得た。それで僕は少し桑柳に頼まれて居る事が有るから、其の用事を済ませる為に、一足先に巴里へ帰る。君は気の毒ながら死骸を最寄りの宿屋へ持って行き、其許(そこ)に留めて置いて、それぞれ届けなどを済ませて呉れたまえ。」

 この様に言って大谷は立ち去った。後に小林は黙然として死骸の番をして居たが、風(フ)と気が附けば、決闘に用いた二挺の短銃(ピストル)も未だその儘(まま)に打ち捨ててある。此の二挺は総て小林の自弁で買い入れた者なので、今の中に片付けて置こうと、独り考えながら桑柳と本多の立って居た所に行った。

 見れば短銃(ピストル)は、早や彼の古山の気遣いで、片付けた者と見え、二挺とも箱に収めて、草の中に置いて有るゆえ、彼奴(きゃつ)らイヤに落ち着いて、何から何まで抜け目なく行き届く。落ち着いて居るから畢竟(ひっきょう)勝ちを得たのだ。

 桑柳は充分落ち着いた様に見えても、手帳の仲へ写真を入れて居る位で、此の頃夫婦約束をしたとか言う女の事が気に掛かるから、万事上の空で、弾丸が敵の頭の上を飛んだのだ。」
と呟きながら箱を手に持ち、死骸の傍へ帰ろうとする折しも、草の間にフト目に留まる品が有った。
 良く見ると短銃(ピストル)の弾丸だったので、

 「アア頭の上を飛ばしたかと思えば爾(そう)では無い。余り筒口を下へ向け過ぎて、地を打ったのだ。イヤ待てよ。地を撃ったなら弾丸が土の中へ潜入(もぐりこ)むか、そうで無ければメチャメチャに挫(ひし)げる訳だ。それが此の通り丸いままで有るとは不思議だ。ドレ。」
と言って身を屈(かが)め、其の弾丸を拾い上げて見ると、これは如何(どう)したことか。弾丸は弾丸であるが、木の丸(たま)である。上を鉛の色に塗った者である。

 「ヤ、ヤ、大変だ。大変だ。古山の奸物め。弾丸を込める時にフム彼奴、手先が器用だから、俺の目を眩まして木の弾とスリ替えたのだ。木の弾は重みが無いから飛んで行くにも力も無く、敵の足許へ行って落ちたのだ。シテ見れば決闘では無い。騙(だ)まし討ちだ。人殺しだ。直ぐに官に訴えて遣ろうか。イヤ待てよ。此の弾丸は此の通り火薬(焔硝)の臭いがするし、其の上燻(くすぶ)っても居るけれど、俺がここで拾い上げたと言っても、人が信じないだろう。

 裁判官は充分の証拠でないと言うだろう。大谷を証人にしても其の通りだ。大谷と俺とで共謀して、人を誣告(ぶこく)《他人を罪に落とすため虚偽の申し立てをすること》すると言われれば、アベコベに罪を食ってしまう。好し好し是は堅く心に隠し、気永に古山の挙動に目を附け、此の上の証拠を見出すより外は無い。それまでは大谷にも話されない。

 大谷は一時の血気に早って、直ぐ訴えるかも知れない。併し待てよ。古山は二挺の短銃(ピストル)をハンケチの下へ隠し、両人に探り取らせると言ったぞ。若し贋弾(にせたま)の方を自分の味方が探り取れば、仕方が無い筈だ。サテ爾(そう)すると彼奴の仕業と言う証拠が立ち難(にく)い。

 イヤ分かった、此の短銃(ピストル)の一挺へ必ず記(しる)しを着けてあるに相違いない。手探りでも間違いの無い様に、何処へか区別を付け、それを本多に知らせてあった。爾(そう)だ。何より先に此の短銃(ピストル)を検めて見れば直ぐに分かる。何所にか手触りで分かる区別を作って有るに違いない。」

とこの様に精密に考えて、今や短銃を検査しようとする折しも、彼の大谷が二人の人足を引き連れて帰って来たので、小林は折り悪しと忽(たちま)ち箱の蓋を閉じ、
 「我が家へ帰って緩々(ゆるゆる)と検査するとしよう。」

 独り心に思い定め、知らぬ顔で居ると、大谷は固(もと)よりそれと気の附く筈は無く、人足に夫々の指図を為し、自分は一足先に巴里へと帰って行った。これは桑柳の死んだ事を、森山嬢に知らせる為と知るべし。又小林は約束の様に警察の届け、其の他の手続きを尽くす為、一人後へと留まった。



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