巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

musume27

嬢一代   (明文館書店刊より)(転載禁止)

バアサ・エム・クレイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2013.7.29

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               二十七

 これからの五田公爵は、イリーンを愛すること、並大抵でなく、全く美徳璃(ミドリ)の再生とも思いった様に、父と二人馬車に乗せ、毎日の様に名所、古跡を見物に行き、殆どイリーンの傍を離れない程なので、同地に在留する英人の団体は怪しんで、様々な噂を立て、彼の美人は何者だと、密かに探ることも有ったけれど、固より未だ人に知られる様な地位に立った事が無く、噂の種を蒔いた事の無きイリーンなので、探っても知れる筈も無く、果は愈々(いよいよ)天下りした神女に相違ないなどと評し合ったと言う。

 公爵は是ほど熱心なので、イリーンは公爵が我が身を妻の如く愛するとは夢にも思わず、唯他国に出て外に気の合う知人が無いため、同国人の好みを以って親切を尽くし呉れるものとばかり思い、その恩に感謝して居たが、やがて一月も経った頃、公爵はある夜、イリーンが庭に出で、月に輝く噴水など眺めながら、我が復讐は何の時に果す事が出来るだろうなどと、とめども無く思い煩(わずら)うところへ出て来て、イリーンを腰掛台に座わらせて、非常に熱心な口調で、我が為に二度目の妻となれと言い出した。

 イリーンは只管(ひたすら)に呆れ果て、我が身は既に心に愛と言うものが消え尽し、残るのは復讐の一念だけで、再び愛の萌え出る事は無いだろうと思われる程なのに、その復讐の糸口さえ得ないうちに、如何して人の妻になれようかと思い、きっぱりと断わろうとすると、イリーンが口を開かないうちに、公爵は早やその顔色から、我が願いが退けられようとするのを知り、

 「イヤ、ダントン嬢、もう何も仰るな。貴女の口から否と言う一語がでれば、私は死んでしまいます。この世の望みは尽き果てます。否でも否と言うことを言わず、黙って私の言葉を仕舞いまで聞いて下さい。」
と言い、迷惑そうに黙って控える嬢に向かい、切なる心の有りたけを打明けて、

 「イヤ、貴女と私は親子ほど年の違うのは良く知っています。当年四十八になる男が、二十歳に足るか足らずの女を妻にするとは、驚くのも最もですけれど、世間に例の無いことでは無く、充分貴女の生涯の幸福が図れると思うから言うのです。五田公爵夫人と言えば、女皇の外には上に立つ者は無く、貴族社会の第一位です。英国第一の古城と言う、サクソン宮も貴女の物。五田家に属する所属の領地も皆貴女の領地、数え尽されない程の富も有り、宝もあり、貴族社会交際社会は皆貴女の足下に平伏します。

 貴女の美しさに公爵夫人の名を加え、それに数限り無い富を以って飾る時には、貴女はこの世に於いて、女という者の出世の極度まで達します。如何しても私を愛する事が出来ず、私と一緒に居られないと言うならば兎も角も、さもなければこの上に何の望みが有って、私の妻に成れないと仰います。最初の妻に分かれてから、二十年も独身を守り、有りとあらゆる女を見て、一度も心を動かした事の無い私が、身分も忘れ、世界も忘れ、是ほどまでに願うのに、何で貴女は五田公爵夫人と為られません。」

と言って、恨む様に訴えるその真心を察しては、何処の婦人も心を動かさないことは無いだろうと思われるのに、イリーンの心はまだ動かないのだろうか。彼女は宛(あたか)も女皇のような一転の目配せで公爵を制し留めたので、公爵は又一層心配そうに、
 「イヤ、貴女が私を断ろうとして居る事は良く分っていますが、その断りを言う前に少しの間、私の今迄言った事を味わい、ようく利害を考えて下さい。私の言うことには一点も飾りは無く、皆心の誠ですから。」
と言うのを、イリーンはまだ聞かず、

 「イエ、そうまで仰って下さる者を、身に余る幸せと思わない女は本当に罰が当たります。貴方のお心の有り難さは、充分に良く分り、生涯忘れは致しませんが、それでも唯この事ばかりは。」
 「エ、エ、この事ばかりは出来ないと言う積りですか。イヤそう言わずに、そう言う前に篤(とく)と考えて見て下さい。五田公爵夫人と為ればどの様な慈善の仕事でも出来、英国の貧民を皆喜ばせる事も出来ます。女皇が政治の上に敬われる権力は、公爵夫人が社会の上に敬われる権力です。どの様な無理な望みも五田夫人の心から出れば届きます。人間の出来る仕事で五田公爵夫人の出来ないということは有りません。他の貴族に対しても君主のような勢力があるのです。貴女が何か今の身分で、思っても達せられない望みは有りませんか。その望みがどれほど無理でも、私の妻となれば、必ず達します。是を良くお考えください。」
と只管(ひたすら)に頼み入り、殆どイリーンに返事する隙間(すきま)も与えない。

 どの様な無理でも必ず達する程の権力とは、実にイリーンが今の身に何より欲しい所である。公爵夫人と為ったからと言って、その為め我が復讐の一念が届くに違いないとは思われないが、今の身では再び春人に近寄る事さえ難しい。公爵夫人として春人と同じ貴族の社会に入り、しかも彼より上に位し、限り無い富と、限り無い力とを手に握れば、今日何より難しいことも、或いは非常にたやすいことになるかも知れないと、公爵の最後の言葉でフト我が心に浮かんだので、イリーンは公爵の願い通り、兎も角も篤(とく)と考えた上で返事をすることに決し、

 「では、考えるだけは考えて、その上御返事を致しましょう。」
と言うと、公爵は、
 「イヤ、唯考えずに、何とか私の願いを叶いて遣りたいと、こう思って考えて下さい。」
と言う。

 イリーンは再び返事せず、唯心に復讐、復讐と唱えながら分かれたが、イリーンの心は最終的にどの様に決しようとするのだろう。



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