巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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        第百四回 老黒人への恩返し

 寺森の黒天女国の説明は多少の道理がある様にも思われるけれど、その様な茶飲み話に時を移すべき時では無いので、平洲は好い加減に聞き流して、先ず魔雲坐王自身が捕えたと云う、其の捕虜の数を調べると、女四人男八人、合わせて十有二人である。

 平「王よ、此の四人の女を放っても、別に御身の慈悲を示すにはもの足り無い。女や子供は戦争に関係して居ないので何の罪も無い。何故に捕虜総体の中から悉(ことごと)く女子供を放ち返してはやらないのか。彼等を放ち返せば御身の恩に感じこそすれ、再び御身に抵抗する様な心配は少しも無いのに。」

 王「如何に云われても、我は手下の捕えた者を放たさせるのは忍び無い。」
 「然らば是等の女子供を如何にするのか。」
 「兵士の勇気を養う為め、多少は彼等が嬲(なぶり)り殺して喰らうのに任せて、其の大部分は一纏(まと)めにして、鐵荊(テツバラ)の支配地に送って置き、帰路に又引き連れて国に帰り、奴隷として使用するのだ。使用して更に余るならば、他の種族に売り渡し、牛羊などと取り換えるのだ。」

 成程彼等が身に取っては、捕虜は大切な宝である。戦争の目的も半ばは捕虜を得るに在る程なのだろう。
 余りに文明流の道徳を以って、この様な蛮族に強い附けることは、却って害が多い事は幾度もの経験で明白なので、是も仕方が無く成るべくは彼の意に任せる事とし、更に大切な用談を持ち出し、

 「王よ、実は今朝、御身に告げなければならない一大事件が有った。それはは外ならず、白女の父の手掛かりを得た事である。」
と云って、昨夜町尽(はず)れの小屋で、男爵が書き遺(のこ)した書面を得た事から、老黒人の直話で男爵が更に麻列峨(マレツガ)国へ出発した次第を語り聞かせると、王は驚き、

 「そこまで分かったならば、是から直ちに麻列峨(マレツガ)国へ向け出発しよう。」
と云う。元より平洲も茂林も王が若し此の上進むことは出来ないと云って、白女を連れて帰るなどと云い出したら、由々しい大事だと、窃(ひそか)に気遣(きづか)って居た事なので、今此の一語を聞いて心中に非常に喜び、

 茂「その通りだ。直ちに麻列峨(マレツガ)国へ向け出発すべきは無論の事である。取り分け同国は御身が国と、先祖の時に同盟した国と聞くからは。」
 「そうだ、色々なことからして我も出発に勇んでいる。」
と云い、更に何事をか思い出した様に勢いを込めて、

 「然らば出発を祝する為め、捕虜中の幾人かを殺して血祭としよう。白女にも活溌な血祭を見せてやり度い。」
又してもこの様な事を言い出すのは、本当に持て余す次第ではあるが、不幸中の幸いな事には、王が白女の事と聞けば、何事をも信じる有様なので、

 「否や、白女は血祭を見るよりも、その殺す丈の捕虜を貰い受ける事を好むに違いない。そうすれば白女は御身の親切をも認めるに違いない。」
 「真にそうであるか。血祭と云えば兵士の一人も異存ないけれど、白女に贈ると云えば、兵士はきっと苦情を云うに違いない。併し吾れは精々説伏せて、白女へ贈ることとしよう。白女は捕虜何人ほどを欲しいと云うだろう。」

 茂「女子供を悉(ことごと)く呉れさえすれば、男は少なくとも良いだろう。それは御身の見込みに従がうに違いない。」
 女子供を残らずとは既に一旦拒んだ所なので、魔雲坐も従い兼ねる様に、深く考えへ込んだが、やがて、

 「然らば初めに御身等が女子供を放てと云ったのも、白女からの言伝いだったのか。」
 「そうだ」
 「女子供と男十人とを与えれば、白女は真に喜こぶのか。」
 「勿論である。」

 王は思い切った様子で、
 「然らば其の事を計らおう。暫く吾からの返事を待たれよ。」
と云う。是で三人は引き取ったが、間も無く王から兵士を説き伏せる事が出来た旨を云ってよこした
 「更に男の捕虜十人をば、衆の中から選び取って欲しい。」
との意を言って越したので、平洲、茂林は、芽蘭夫人にも事の次第を告げ、再び王の許に出て行こうとすると、芽蘭夫人は「ちょっと待って」と声を掛け、

 「それで男の捕虜十人は、何の様な者を選んで放つお積りですか。」
 「無論事情の最も憐れむべき者を放ちます。」
 「それは好いお心掛けですが、その十人を選ぶ事は私に任せて頂きましょう。」

 二人は夫人が何の様な考えなのかを察する事が出来なかったが、何様夫人を大将と押し、何事もその意に従うのが初めからの仕来たりなので、一も二も無く命に服し、
 「それは貴女の御随意ですが、捕虜の傍へ行けば、実に無惨な有様ばかりで、却って貴女の神経を痛めます。」

 「イイエ、自分で其所へ行くのでは有りません。昨夜の老黒人に選ばせます。」
 老黒人とは益々異様である。
 茂「エ、あの様な者に。」
 「ハイ、彼は芽蘭男爵が命の親とまで書いて有る程ですから、私は其の恩の幾分なりとも彼へ返し度いと思います。何(どう)か彼を連れて行き、選ばせて下さい。」
と繰り返した。

 二人は之を、充分な恩返しの道だとは、思う事が出来なかったが、その言葉に従って、足も腰も確かには立つ事が出来ない老黒人に杖を与え、捕虜の繋(つな)がれる所に連れて行き、譯を聞かせて十人を選ばせると、彼は事情の憐れむべきか否かには頓着せず、此処彼処から抜き集めて、十人の数を満たしたが、後で聞けば、彼は自分の最も懇意な者と、土地で最も尊敬せらるる者とを選んだのだとの事である。

 この様にして魔雲坐王と再度の交渉を遂げ、此の十人に女子供を残らず加え、放とうとすると、其の一同は嬉しそうに、何事をか語り合った末、忽ち異様なる叫び声と共に老黒人の前に伏し、神を拝む様に彼を拝み、遂に手取り足取りし、彼を高く担ぎ上げて御輿の様に運び去った。

 事が余りに異様なので、平洲も茂林も名澤に向かい、その次第を聞くと、老黒人に選び出された十人が、老黒人の恩である事を女子供にまで告げたため、一同は老黒人を、

 「生神様だ、預言者様だ、幸いを与える福神様だ。」
と云い、只管(ひたす)ら敬って運び去った者なので、是からは直ちに老黒人は此の種族中で第一の尊敬を得、限り無い勢力を得て暮らすだろうとの事である。

 如何にもアフリカの内地に於いては、少しでも不思議な功のある者を、総て神の代理者又は預言者と云い、生き神として王よりも敬い、王自らも其の前に平伏して、福を請う習いが有る。芽蘭(ゲラン)夫人は此の様な習慣を見抜き、特に彼に捕虜選び取りの事を任せた者と見える。そうだとすれば彼が芽蘭男爵に施した恩は、十倍百倍にして返された者である。

 平洲、茂林は今に始まらぬ夫人の思慮深さに感心し、更に麻列峨(マレツガ)国へ出発する手筈の相談に取り掛かった。



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