巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou107

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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         第百七回 鉛筆を呉れた白人

 芽蘭(ゲラン)男爵が此の邊りを通ったのは、僅かに十箇月以前だとすれば、実に遠からずして追付ける見込みは無い事は無い。一同はこの様に思って勇み立ち、更に是から後の方法を相談すると、既に定めた様に、先ず老黒人を使者として此の国の王の許まで遣(つか)わし、王に面会して問い試みることに尽きる。

 男爵が王宮を目指して進んだ事は明白な事実なので、たとえ今まで王宮に逗留して居無くても、王自ら男爵の身に付いて、様々な事を知って居るに相違無い。今までは唯だ雲を捉(つか)む様な尋ね物であるが、今や一歩一歩に其の足跡を突き留めて行く場合と成ったので、用心も自ずから綿密である。

 相談が決したので、直ちに老黒人を呼び出だして、彼れが親しく此の国の王を知っているかを問うと、彼れが敵国に捕らわれる以前は、巖如郎(がんじょろう)と云う老王が位に在り、その近衛の一兵として深く信任せられていたが、王の年から思案すれば、最早や死去してその子が位に付い頃である。

 子は其の頃未だ七、八才の童子であったので、今まで老黒人の事を覚えて居るとは思われないが、代々巖如郎の家筋は、名君をのみ出すと言伝えられて居る程なので、今王もきっと巖如郎の様な賢い人で、この様な特使に接すれば、喜んで迎えるに相違無いと云う。

 それでは早速出発せよと云って、彼に通訳阿馬(オーマー)、及び魔雲坐王の腹心数名を附添わせ、様々な土産物を持たせてやって先発させ、一同はその後を追って進んだが、進むに従って此の国の人種が、野蛮人には珍しいほど体格が勝れた様子が分かった。

 又産業牧業などの大いに進んだ様子も察せられるので、平洲、茂林はアフリカ内地が益々不可思議な事に驚き、
 「此の様子では真に完全な美人の住む国が有るかも知れない。」
と云うと、寺森は己が先見を誇りなどして、互いに道が遠いのも忘れた。

 翌日の早朝には王宮の間近まで進んだので、先発した老黒人の一隊は早や途中まで引き返して来て、首尾好く使命を果たした事を伝えた。その言葉に由れば、今の王は予想に違わず巖如郎の第二世で、昔老黒人が敵国に捕らわれた事を前王から聞いて知って居たのみならず、更に従者の中には老黒人を知って居る者も多く、自ずから老黒人は非常に厚遇されたと云い、又今の王巖如郎第二世は、旧交を温める為めに来た事をを喜ぶとの意をも示したと云うので、一同は大いに安心し、之からは魔雲坐王を先に立て進むと、暫くして、第二世巖如郎は多勢の従者を連れ、王宮の外である広場まで出迎えた。

 魔雲坐王はこれを見て、馬を下り巖如郎の傍に行き、彼の老黒人を介して対面の挨拶を為し、宛(あたか)も多年相識(し)って居る友人の様に親しそうに問答を始めたが、時々此方の白人を指さすのは、平洲、寺森等の事を話して居る者と察せられる。

 巖如郎は魔雲坐が指さす度に、首を回らせて此方を見る其の顔付きと云い、様子と云い、野蛮人とは思われず、若し色をさえ白くすれば、ヨーロッパの人と並ぶとも恥ずかしくない程なので、平洲は茂林に向かい、
 「何うだ意外に立派な男ぢゃ無いか。」
と云うと背後に立って居る帆浦女は、

 「本当に立派です。アフリカへ入ってから此の様な王を初めて見ました。」
と口に出した。
 平洲も茂林も、先に此の女が魔雲坐王を見初め、非常な失態を仕出かした事を知って居るので、又も此の巖如郎第二世に対して同じ失態をしなければ好いがと一様に気遣う様を、寺森は早くも見て取り、

 「イヤ帆浦女、立派でも此の国の王は非常に薄情だと云う事です。」
と予防した。そのうちに王と王との挨拶は済み、魔雲坐は自ら一同を招いたので、一同は其処に進んで行ったが、この様に外交の事は今まで通り茂林が担任者なので、彼は老黒人と亜利とを二重に通訳として、

 「王よ、吾々は凡そ十箇月ほど以前に、同じ白人が此の国へ来たのに違いないと思い、その人を尋ねて来た者です。王はきっとその者を客とせられたのに違いない。」
 王は非常に静かに、
 「そうだ、余は初めてその時に白き人を見た。」
と云う。

 さては愈々(いよいよ)男爵が此の王に逢った事は確かであると、一同宛(あたか)も暗夜に一点の星光を認める事が出来た様な思いで、顔と顔を見合わせたが、中でも芽蘭夫人は、波立つ胸を鎮(しず)めようとする様に、両手を心窩(みぞおち)の所に当てた。茂林は問を重ね、

 「して御身はその白人を如何にしましたか。」
 「余は先例が無い事なので、如何にしたら良いか分からなかった。遠ざける外無いと思ったが、その白人は余の眼前で驚くべき魔法を使い、余を感服させたので、余は敬って客分とした。」

 魔法とは何の事だろうか。男爵は如何なる事を示して、此の王の尊敬を買ったのだろう。智慧に富んだ人であると聞くので、唯だ一挙で王を驚かした事と思われる。王は更に語を継ぎ、
 「しかもその魔法の種を余に贈った。」
 「その魔法とは如何なる者でしょうか。」

 王「墨汁を用いずに黒く文字を書く技である。そうだ魔法の筆である。是を見なさい。」
と云い、腰に下げた革袋の中から、何やら取り出して示す物を見ると、削り尽くして二寸《6cm》ばかりになった鉛筆である。一同は可笑しい中にも、深く男爵の頓智に感服した。



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