巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou110

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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        第百十回 強い娘子軍

 美人を以て兵と為し其の国を護(まも)っているとは初めて聞く所なので、一同は非常に怪しむと、巖如郎はその様子を見て、
 「御身等は疑う様子だが、是れは少しも偽りでは無い。」
と言って是から説明する所を聞くと、

 此の国の先王である第一世巖如郎(ガンジョロウ)が死し、今の第二世巖如郎が位に付いた時、丁度遊林台国に於いても先王が死し、今の女王輪陀が祚(そ)《祖先から伝わる王朝の君主の地位》を践(ふ)んだが、輪陀は女に似つかわ無い武勇の君で、直ちに此の国を滅そうとする心を起こし、大兵を率いて攻めて来た。

 巖如郎も之を機として遊林台を我が属国にしようと思い立ち、直ちに大兵を起こして応じて戦い、此方の勢いは彼れに勝り、敵兵を国境から追い斥けたばかりで無く、更に敵の国に進み入ったが、輪陀女王は最早や男子の兵にだけ任せて置けないと、以前から組織し訓練して有る其の美人軍をして助けさせた。

 美人軍の強い事は物凄く、男子軍の敗走を受け、縦横に駆け廻って、瞬く間に巖如郎の兵を蹴散らした。勝ち誇って居た巖如郎の兵も、到底美人軍に敵する事が出来なかった。何度戦かっても直ちに敗(やぶ)られる有様なので、巖如郎自ら到底遊林台の国と戦う事が出来ない事を知り、終に和を講じ、夫れより後は年々輪陀女王に貢物を贈る事に約し、今以て其の約束を守って居ると云う。

 それにしても美人軍は何が原因で、その様に強いのだろう。たとえ野蛮の種族には、女子の膂力(りょりょく)《腕力》が男子に劣らない様な人種が往々にして無い事は無いとは云え、これ程まで剽悍(ひょうかん)《動作が素早く性質が荒々しいこと》な女子軍の存在は聞いた事が無い。

 是れも巖如郎の説明を聞くと、美人軍は男子軍の様な弓矢や投槍の様な飛び道具を有せず、右手(めて)に長さ二尺《60cm》ほどの鋭い刀を持ち、左手(ゆんで)には同じ長さの剣を携え、両方を使う事が、殆ど目に見えない程巧みである。

 この様な武器なので、敵と距離を隔てて戦う事を為さず、吶喊(とっかん)《突撃》して肉薄して来るのを常とする。その来るのを見て此方から矢を注ぎ槍を投げるんなどして、近(ちかづ)けまいとすれば、身が軽くて進退の速やかな事は、飛燕が密林を縫って飛ぶ様で、右に在るかと見れば突然左に在る。

 瓢々(ひょうひょう)《物が風にひらひらとひるがえる様子》と矢をよけて疾風の勢いで押し寄せて来て、既に来ればその刀と剣とに倒れない敵は無い。取り分け彼等は何時も接戦をする目的なので、顔の外は寸膚も現わさないほど厳重に鉄製の鎧を以て固め、矢が当たるとも内に達せず、槍に突かれても傷かない。

 しかもその鎧には長い数寸(5,6cm)の針を隙間も無く植え附け、宛(あたか)も針蝟虫(はりむし)の様な打扮(いでた)ちなので、組伏(くみふせ)ようとしても組む事が出来ない。組む者は先づその針に刺され、自ずから傷いて倒れるのを常とする。

 此の様な有様なので、到底人間業を以て敵する道はなく、それに国中の女が、十七、八歳から二十四、五歳までは、全く美人軍に編入せられる制なので、その数も幾万と数が知れない。之に敵して無事を得る道は、唯だ戦わずして逃げるのに在るだけだ。だから巖如郎も止むを得ずに和睦をしたとの事である。

 此の説明を聞き終わって茂林は平洲に向かい、
 「実に意外な話だけれど、吾々が之に恐れたと見られては、仕方が無い。」
と云い平洲は又、
 「我々よりも魔雲坐の心に恐れを抱かせては猶更困難だ。彼が此れから先に進む気が無く成って、又候(またぞろ)ここから芽蘭夫人を請い受けて帰るなどと云い出しては大変だから。」
と云い、

 更に巖如郎に打ち向かい、嘲笑(あざわら)う調子で、
 「ハハア、御身の兵は武器が充分で無い為、その美人軍に敵し得ないのだ。吾等の兵は火薬と云う物を持ち、此の国に入ってから雷を使うとまで評せられる程なので、美人軍と云って恐れるに足りない。必要の場合には皆殺しにしてお目に掛ける事も難かしくは無い。」

 巖如郎は信じない様子で、
 「ナニ火薬とな、火薬の恐るべき事は、先頃御身の父の白人より詳しく聞いて、吾は良く知っている。しかしながら火薬は一発毎にそれだけ減る物で、終に尽きる時が有ると聞く。尽きた後では如何ともする事が出来無いが、吾等の武器槍長刀の方は幾等使っても尽きる事は無い。」

 茂林はここだと思い、
 「その通りだ、尽きる時は有るが尽きる迄に美人軍を全滅させるのだ。まして吾等にはアフリカ第一の精兵である魔雲坐王が味方しているのだ。」
と云ってそれと無く王の方を顧み、

 「門鳩(モンパト)兵の強い事は美人軍の比では無い。吾等はその兵が過日土門陀(ドモンダ)の兵と戦った実験で良く知っている。」
と云う。是れは暗に魔雲坐王を煽動して、美人軍を恐れさせない計略である。

 「イヤ御身等と魔雲坐王と連合し、たとえ美人軍の半分まで殺す事が出来ても、残る半分の為め御身等も魔雲坐の兵も殺し尽くされるだろう。」
 「でも吾等の父は一人でその国に進み入ったのでは無いか。」
 「一人であるために進み入る事が出来たのだ。大勢で行ったなら必ず敵と見られて、辛い目に逢うだろう。」

 「否々、吾等は父が入り込む事が出来た所へ、入り込む事が出来ない筈は無い。敵と見られるのも恐れる所では無い。必ず進み入ってお目に掛けよう。」
と云い、更に魔雲坐とその部下とに向い、矢張り名澤に通訳させて、
 「どうです皆さん、是なる巖如郎はアフリカ第一の強兵である御身等を指して、女の兵よりも弱いと言い、女の兵に恐れてその国へ入り込む事が出来ないと云っている。

 御身等は果たしてその言葉の様に、その国に入り込む事が出来ず、ここから逃げ返って物笑いと為る事を甘んじられるか。それとも吾等と共に遊林台に進み入り、勇気を此の国王に示されるか。」
と問うと、部下の兵士は一同に大声を発し、なにやら叫び初めた。

 其の心は問う迄も無い。進もう進もうと勇む者である。中でも魔雲坐王は烈火の如く、
 「アア天が蓋(おお)う下、何所の地に我が門鳩(モンパト)兵に勝つ強兵が有るだろうか。吾れは美人兵の国に入り込むまでは、一歩も北には向かわないだろう。」
と息巻いた。



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