巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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       第百十四回 輪陀国へ出発した使者

 是から数日を経て愈々(いよいよ)女護の国へ使いを出だす事と為った。正使は巖如郎(ガンジョロウ)王の部下三十名で、輪陀女王に献ずる貢物として牛七百頭、羊三百頭を引き連れ、之に従がって行くのは門鳩(モンパト)国王魔雲坐の使い十名と芽蘭(ゲラン)夫人の一行から送る間者《スパイ》亜利である。

 魔雲坐王の使いは輪陀女王へ門鳩(モンパト)国と黒天女国との同盟を申し込むのに在る。間者亜利の使命は第一に芽蘭男爵の消息を探り、第二に黒天女国の風俗兵制等を視察するのに在る事は既に記した通りである。

 出発の間際に茂林は、絵の具を以て亜利の膚(はだ)を塗り黒め、且つ之に鳥獣等を縫身(イレズミ)の様に描き、全く彼を巖如郎の部下の原住民と見分け難い迄に扮装させたが、更に茂林は帆浦女をこの様に扮装させ度いと云う初の一念が諦めきれないのか、平洲に向かって何度か嘆息し、

 「アア僕は今まで絵を描くのに、其の用紙は何時も自分の気に入る物を選んだが、今度ばかりは自分で選ぶ事が出来ない。若し亜利の身体を用紙にする代わりに、帆浦女の肌を用紙としたなら、僕の手際は何倍か引き立ったのに。」
と云い、自ら帆浦女の姿絵を書き、之を原住民の様に塗黒めて、僅かに心を慰めた。

 この使いは果たして如何なる復命を持ち帰って来るのだろうか。輪陀女王が果たして魔雲坐王からの申し込みに応じ、その支配する女護の国と門鳩国との同盟を結ぶに至ったならば、芽蘭夫人の一行は門鳩国の客分とし、平和に黒天女国に入り込む事が出来るに違いない。

 若しそうならずに此の同盟が成立しない時は、戦いを以てその国に入り込まざるを得ず、世界に比類少ない強兵とも称すべき美人軍と闘う事、固(もと)より避ける事が出来なくなる。

 だから此の使いの結果は何よりも案じられるが、巖如郎の云う所に依れば、往復に一ケ月は費やすことになる。使いを発したのは、実に千八百七十四年の第一月十日なので、その帰り来るのは二月の凡そ十日頃になるに違いない。

 平洲、茂林の両人は亜利の出発に臨み、若し輪陀女王の朝廷に、芽蘭男爵が捕虜と為って捕らわれて居るのを見たならば、密かに男爵へ此の書面を渡すようにと云って簡単な密書を作った。其の文には、

 「君を救う為め、仏国から発した遠征隊がある。今は麻列峨国まで来着し、君がきっと輪陀女王の朝廷に捕虜と為って居る事を思うが為め、先ずその実否を探り、その後救い出す手段に着手しようとしている。

 此の遠征隊はどのようにも君の命に従がうだろう。如何にして君を救い出したら良いか。君が若し意見あれば、この書を持参の者に告げよ。この者は死生を冒して君の命を吾々まで持ち帰るだろう。吾等は君を救い出し得るまで水火をも避けない者である。」
と記した。

 初め此の文中に、
 「君の妻芽蘭夫人が実に此の遠征隊の統領である。」
との一句をも加えたが、この語が在っては、男爵に朝廷から脱出して来ようとの心を起こさせ、深く前後を顧みる暇が無く、却って輪陀女王に疑われ、或いはその身を危うくする様な挙動を為すかも知れないと夫人自ら云い出した。

 平洲、茂林両人ともその道理なのを察したので、成る可く男爵の心を動かさない様、故と其の句だけを削った。
 その句だけを削ったとしても、男爵が異域に在って此の書を得たならば、果たしてどの様な想いを為すだろう。

 亜利が既に出発してから、その帰って来るまで、凡そ三十日、その間を如何にして過ごせば好いだろう。平洲、茂林は追々巖如郎の意見を聞くと、輪陀女王の気質として、容易に他国と同盟する者では無い。

 若し魔雲坐がその臣下になろう、その属国にもなろうと申し込むならば兎も角も、一片の貢物をも贈らず、唯だ十人の使者をして、素手の儘(まま)で同盟を申し込もうとする丈では、憤然として之を遮絶するに違いないと云う。

 そうだとすれば、此の一行は平和を以て其の国に入り込む事は出来ないので、どうしても美人軍と戦って、その国を破って入るばかりだ。是れは非常に恐る可き難題であるけれども、今は避け難い場合にまで切迫して来た状況なので、三十日の間専ら兵を練り、萬一の用意をして置くことが一番だと、平洲、茂林共々に、先ず一行が帯同している武器を検めると、名澤の兵五十名が持って居る銃の外に、仏国を出る時用意して来た銃が、まだ百挺(丁)ほどを余って居た。

 第一には魔雲坐王の兵の中から屈強の者百名を選び、平洲自ら之を仏国流の陸兵に組織して訓練し、茂林は魔雲坐に計り、自ら王の兵総体の指揮者と為り、之にも文明兵の進退を教える事に着手した。



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