巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou79

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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        第七十九回 魔雲坐王の訪問

 魔雲坐(まうんざ)王が芽蘭(ゲラン)夫人唯一人に面会しようと云うのを、帆浦女が自分の事と思い込んだ事は、日頃の気質に照らしては、怪しむに足りない事だが、若し帆浦女を王の前へ出しては、忽(たちま)ち王の怒りを招くことは必定なので、一同は旨く帆浦女を説得し、

 「御身を王の前に出だすのも、芽蘭夫人を出だすのも、一同の心配は同様だ。」
などと云い、帆浦女が非常に残念そうに、王宮を振り返るのを引き立て引き立て帰って来たことは、前回既に記した如くであるが、帰り着いて後、一同は、或いは王が立腹して襲って来るかも知れないと思い、益々番兵を厳重にし、此の後の事共を相談して居たところ、間も無く王の使いとして、彼の式部長官が来たので、茂林一人、通訳を連れて出迎え、其の来意を問うと、

 「王は先日、自分の妻十人を白人の許へ見舞として差し遣わし、夜の伽に供えよとまで言い送ったのに、白人が妹一人を王の許へ来させないとは、其の意を理解する事が出来ない。明らかに説明せられよ。」
と云うことに在った。

 成るほど道理ある質問である。王から十人の妻を贈る程の好意を示したのに、此方からは、一人の妹を送る位の返礼をさえ拒むとは、野蛮王の心には到底納得の行かない所であるに違いない。
 茂林は之に答え、

 「否、各国各々の習慣がある。女たる者、夫或いは兄弟と同道しなければ、他人の前に行かないのが、我が白人国の習わしである。此の国に来たからと云って自国の習慣は破る事は出来ない。」
と云うと、式部長は心得て退いたが、稍(やや)あって又王命を伝えに来た。

 「然らば仕方が無い。魔雲坐王は一同に面会しよう。白人数名で其の妹を連れて来るように。昨日既に秘密の面会を請い度いと、白人の方から願ったでは無いか。」
 茂林は王がこれ程まで折れて出たからには、此の機に乗じ充分に権識を張って、以て白人が非常に厳格なことを示して置こう思い、
 「分かった、秘密の面会は望む所ではあるが、今日それの為に王宮へ行き、王に面会をすることが出来ずに帰ってきたからには、数日の後で無くては王宮へは行く事が出来ない。

 一旦拒まれた所へ、日を経ずして再び入り込むことは白人の習慣には無い。それとも魔雲坐王に於いては、親しくは白人の天幕へ尋ねて来たるならば、白人は喜んで面会しよう。」
と今度は此方が面会を許す様な地歩を占て答えると、式部長は又心得て立ち去ったが、後で平洲も芽蘭夫人も、茂林の此の返事を聞き、この様に権式を示した事は後々の為に、極めて良い事だ賞賛した。

 又小時を経て式部長は、
 「然らば王が親しく行って面会しよう。」
との意を伝えて来たので、さては傲慢な魔雲坐王は、遂に此の小屋へ来臨するかと、茂林も平洲も外交交渉を強硬に貫き通した事を喜んだけれど、又思えば王がこの様な我を折るのも、全く芽蘭夫人の顔を見たいとの一念に出ることが明らかである。
 此の後或いは事が益々切り抜け難い場合にまで到りはしないかと、口にこそ出さなかったが、心に私(ひそ)かに危ぶんだ。

 しかしながら、その時は又其の時の事にしようと、王を迎える準備(したく)を急がせ、有る丈の兵士に武器を擔(かつ)がせ、之を小屋の面前に整列させ、或いはフランスの国旗を取り出して入り口に飾り附けなどすると、帆浦女はこれを知って、飾り得る丈自分の身を飾って出て来て、
 「平洲さん、茂林さん、貴方がたは何故王が此の小屋へ尋ねて来ると思います。」
と問う。

 その意は此の身に逢う為に来ることを知らないのかと、毎(いつ)もの通り、自ら合点して暗に誇り示す事に在ることは、問わなくても明らかであるが、二人は故(わざ)と何故なるかを知らないと答えると、帆浦女は二人の愚かさに呆れた様に、

 「貴方がたの目は節穴も同然です。今に王がここへ来た時、その様子を見れば自然と合点が行きますよ。」
と云って退いたが、間も無く王は大勢の護衛を引き連れ、此方を指して威儀正しく練って来た。

 此のとき日は既に暮れ果てたけれど、隈なく晴れた赤道の天に、月が出て昼の様に明るかったので、王を庭の中央に通し、此方の一同はその正面に腰を卸して待遇(もてな)すと、王の眼は間がな隙がな芽蘭夫人の顔に注ぎ、果ては恍然として見惚れる程と為ったので、平洲も茂林も成るべくその心を他に引き付けて紛らわせようと思い、馳走と称して或いは音楽を奏せしめ、或いは野蛮人を驚かせる為め、兼ねて用意した線光花火を揚げなどすると、王の心はその方へ引かれるは、僅かの時間で、直ちに又夫人の顔に返ること、宛(あたか)も磁石が北へのみ引かれるのと同じであった。

 夫人と並んで座している帆浦女は、王の眼が常に自分の顔に在りと思ったのか、益々様子を繕って、眼に有る丈の媚を浮かべたのも可笑しい。最後に茂林は短銃を取り出だし、是ならばと思って、門口の樹に留まって居た寐鳥を狙って撃つと、爆然として耳を劈(つんざ)くその音には、流石の王も膽(肝)を冷やし、

 「ヤ、ヤ、落雷であるか。」
と叫んだ。
 茂林は落ちて来る鳥を拾って来て、
 「落雷では有りませんん。是です。」
と云って鳥と短銃とを示すと、王は非常に不審の様子であったが、中々強情な質で、余り驚いては王の威厳を損ずると思ってか、深くは問わなかった。

 王に従う蛮人等は、口々に叫び立て、
 「白人は手の中に雷を閉じ込めている。彼等は雷使いである。」
と評したことが老兵名澤の説明にて分かった。王は自分の驚きを他の事に紛らわせる為め、門口にある国旗を指差し、

 「あの旗は我が曾(かつ)てシユ氏から聞いた事が有る。白人の国で国旗と称する物だろう。」
 「そうです。」
 「シユ氏の携えた国旗と模様が同じでは無いのは如何してだ。」
 「既に申した様に、同じ白人中にあっても、シユ氏と我等とは領地が違う為である。」
と説明すのを、傍らに居た平洲は受け継ぎ、

 「イヤ王は此の国旗の模様をも、確かに見て知って居る筈である。」
と云う。何の意で平洲は突然この様な事を云うのだろう。茂林は怪しむ間に王に答えて、
 「否、此の模様は今見るのが初めてである。シユ氏の国旗とは全く異なっている。」

 平「シユ氏の国旗とは異なっているが、同氏の次に此の地に来た一人の白人は、是と同様の国旗を王に示した筈である。」 
さては読めた。王の不意を襲って、芽蘭男爵が此の土地へ来たか否かを探ろうとする計略である。王は合点の行かない面持ちで、
 「シユ氏の次に来たのは御身等である。その外に此の土地へは、一人も白人は来て居ない。」
と云う。

 その言葉に偽りの無い事は明白なので、さては芽蘭男爵、此の土地へは来ずに東方の道を取り、此の王の弟である鐵荊(てつばら)王の支配地に入り込んだ者と知られる。そうと分かったことは嬉しいけれど、行く先が未だ甚(はなは)だ遠いのには、又嬉しくない想いもある。



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