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野の花(前篇)

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ミセス・トーマス・ハーデー著  黒岩涙香 訳 トシ口語訳

野の花(前編)

    
           一 「話の始めより以前の一節」

 大事な子を兵隊に遣(や)るのはどこの親も快くは思わないものだ。けれど行く本人は少年の血気で、これから軍人の仲間に入ると思うと肉も躍るほど気が勇む。

 「では、お父さんご無事で」と別れを告げたのは、英国の田舎に住む老弁護士の息子である。一人の妹はいるが父にとってはたった一粒の男種。これを危険な兵隊に遣ってはと親の心で様々に止めたが、「なに、今に勲章を下げて返ってきますよ。」と天を衝くほどの意気で家を出たのは兵士の年齢にまだ満たない十九の少年。

 何故かただ兵隊になりたがって、誰の言うことも聞かず、とうとう自分から志願して年齢が足りないため隊付きの候補生に採用された。丁年に満ちさえすれば直ぐにも士官になり大将になるという壮(さか)んな意気込みは、少年の夢ではあるが、軍国男児の気象としていささか褒めてやってもよいだろう。

 やがて、この少年は中尉・子爵瀬水冽(たけし)に従ってインドに出張しその守備隊に加わったとの事である。「場所もあろうにあの気候の悪い、そして、反乱ばかり多い、インドに」と親や妹はさぞ気づかったことだろう。

 これから一年の後、インドの民衆が反乱を起こした。余ほどその規模も広く、その作戦計画も綿密に行き渡り、いよいよ首謀者からの合図一つで、明後日は蜂起すると言う間際に、仲間の一人が守備隊に捕まり、大事の書類が支隊長の手に入った。

 この書類を直ぐにマドラスの本営に届け、その総隊長に警戒を伝えなければならない。サア、誰が使いに行く。実に危険千万な使いである。途中はもう要所要所に必ず賊の見張りが、姿を変えてうろつき回っている。その間を抜けつ潜りつ無事に本営まで達することはほとんどできないことだ。

 我行かんと言う者は一人もいない。行けば十中八九までと言いたいが、恐らくは十が十まで命がないだろう。支隊長はほとんど、その人選に困った。部下の大尉、中尉等を集め、誰を遣ろう、彼を遣ろうかと、密かに相談していると、瀬水中尉の後ろから一人の少年が進み出た。

 見れば本当に女にしても見たいと思う顔立ちで、インドの烈(はげ)しい日に焼けても、その顔が黒くならなず、ただ紅を流したように両の頬がポット赤くなっていて、そうして涼しい目の中に、勇気と決心とが光っている。

 少年は一礼して「支隊長、どうか私をおやりください。」低い声では有るが凛(りん)としたところがある。支隊長も大尉も中尉も目を見張った。支隊長;「命がけの使いであるが」、少年は口数少なく「はい、知っています。」

 この物静かな言い振りがひどく隊長の目がねにかなった。騒がしい男に本当の勇者はいないと言うのが、日頃からのこの隊長の信念である。「だが、賊軍の間を潜(くぐ)り、無事にマドラスまで達することができると思うか。」

 少年;「はい、人にできることなら私にも」、何と断固とした言葉ではないか。支隊長は瀬水中尉に向かい、「どうだろう、この者で」、今は少年の運命、ただかかって瀬水中尉の一言にある。

 少年は願うように眼を上げ、中尉の顔をじっと見た。どうか聞き届けてくれと言う切なる心が瞳の中にこもっている。中尉;「そうですね、外の兵石より不適任だという理由は有りません。」

 この一言であわれ、この少年の命は極まった。支隊長;「ではその方を遣ってやろう。」少年は有り難そうに中尉の手を握った。中尉;「やり損じては大英国の運命だぞ」少年;「ご心配は掛けません。」

 これ、この少年は田舎弁護士の息子、陶村時之介であるとは読者の既に察したところだろう。



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