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野の花(前篇)

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ミセス・トーマス・ハーデー著  黒岩涙香 訳   トシ 口語訳

野の花

           二十四 「大広間の真ん中」

 決めてあった時刻から、澄子は訪れる客を迎え、できるだけ気をつけて主婦人らしく勤めていたが、どういうわけか、客一同の中に、この家の主婦人は、自分でパーテーの準備を指図することもできないと言う噂が広がった。名前は言わないが、誰か言葉巧みに、それとはなしに、このような事を触回る者がいると見える。ところどころでよからぬ陰口が聞こえるが、先ず終わるころまで無事に行った。ダンスも何組か済んだ後、この噂が直接澄子の耳に入った。

 澄子は病気上がりとは言い、特に続く心配に、あまり体が優れていないのを、ほとんど必死の思いで勤めていたが、夜も次第に更けて、耐え難くなったため、しばらくテラスに忍び出た。出るとそこにこちらに背を向けて、4,5人の夫人がダンスの汗を乾かすためと見え、涼むようにして休んでいた。

 いずれも口にかけては社交界の噂を一手に製造していると言うほどの方々で、どこへでもわざわいの門を一番先に押し立てて行く顔ぶれだ。
 「エ、どうでしょう、招待状を出す指図さえ出来ないようで、貴婦人で御座いますは驚くではありませんか。」

 「何だって瀬水子爵はあのような者を妻にしたのでしょう。」
 「父親が田舎の代官だと言いますから、どうせ詐欺師同様の喰わせ者でしょう。子爵の人の好いところを見て、押し付けたのに違いありません。」
 「それに、顔が美しいものだから、子爵も一時」
 「ナニ、美しくても、絵に描いたような顔で、生きた人間としてはあまり感心しませんよ。」

 もし、社交界の事情を知る夫人が、自分のこのような噂を聞いたなら、全く自分の姿が美しいため、一般の嫉みを受けるものと密かに微笑むところだが、澄子は言葉通りにこれを聞き、余りのことに目がくらむような思いがした。

 自分がここにいるのに、気がついていないのを幸いに、すぐにそっと立ち去ったが、踏む足も定まらなかった。ようやく大広間の真ん中頃まで来て、気絶して倒れてしまった。初めて自分が催したパーテーで気が遠くなるなどとは、可愛そうだが決して社交界で好くは言わない。

 一緒に交際することが出来ないように見なされ、特に、澄子のような美しい者は、社交界から、放り出される元になるのだ。とにかく、この夜会は大混乱となってしまった。



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