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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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野の花(後篇)

野の花

ミセス・トーマス・ハーデー著  黒岩涙香 訳   トシ 口語訳

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           六十九 「意外よりも当惑」

 瀬水子爵夫人が、教室を見に来るのは当たり前の事である。けれど、河田夫人は今更のように驚き、自分がこの対面に耐えられるだろうかと心配した。

 これこの河田夫人はそもそも何者であろう。数年前セプトンに現れ、宿屋の主人に頼んで、地主の隠居所を借り、ここに子弟の教育を始めたその河田夫人と同じ人であることは、勿論読者の知っているところである。

 さらに、その前に遡(さかのぼ)れば、ダベルの理髪店に来て、かもじや髪染め薬などを買って去った、その婦人と同じ人と言うことも、又、読者の推察する事が出来たところであろう。

 ここまで分かれば、その更に以前は聞くに及ばない。イタリア、セダイ駅付近で、汽車衝突のため変死したとして、葬られた澄子である。真の瀬水子爵夫人澄子である。

 澄子は死んだ者となったのを幸いに、全く死人同様にこの世から隠れてしまう心を固め、その隠れ場所まで得ていたのに、何で今は又この学校へ、自分から地位を求めて、現れて来たのだろう。

 人間の力より強く、到底人間の心で勝つことの出来ない親子の恩愛に、引かされたのである。我が子良彦に会いたいという思いが、どうしても鎮(しず)まら無いためである。

 初め瀬水家を出た時は、出る方が良彦のためだと思った。自ら死んだ者となってイタリアを去った時も、やはりその通りに思っていた。生きていれば自分が様々にいじめられ、賤(いや)しまれ、侮(あなど)られる。自分だけなら耐えもするが、最愛の子の目の前で、そのように扱われることは我慢が出来ない。

 子が追々物心が付くに連れ、我が母がこのようにされる様子を見ては、きっと肩身が狭くもあるだろう、果ては子自らも、我が母はその様に賤(いや)しまれるべきもので在るかと思うようになり、従って賤しむことに成りもしよう。

 子にまで賤(いや)しまれるに至っては、生きている甲斐もない。今の中に死んだ者となれば、子良彦はただ母の愛のみを覚えていて、母がこの家で、どのように扱われたと言うことは知らず、今のままの慕(した)わしく、懐かしい心で、何時までも母を思いだしてくれるだろう。

 肩身の狭いこともなく、十分の出世も出来るだろうと、思えば思うほど、どうしても、子にまで別れなければならないように、思い詰めたのは昔のことだ。

 その時には嫉妬の思いも影響していた。悔しいと思う心も、影響していた。生まれは貴族でなくても、我が心と我が素性とは、決してこの様に扱われるべきものではないと、世に言う憤慨(ふんがい)の思いもあって、それやこれやであの通りの成り行きとはなったのだ。

 けれども、血から出た親子の愛は、死ぬまで尽きはしない。遠のけば遠のくほど、益々強くなるばかりである。セプトンに身を落ち着けてからこの方、一日でも一夜でも、はたまた一時間でも、良彦のことを思い出さない時はない。

 思うたびに会いたさが益々募り、外の邪念は、全く消えた灰のように冷たくなっても、この思いだけは燃えて止まない。その上に又、生涯の最初の愛、最終の愛である夫冽のことも全く忘れたというわけではない。これも忘れるに忘れられないほど、深く心の底に根ざして居るのだ。

 恨みの中、悔しさの底にも、愛は愛として残っている。夜寝ても夢に入るのは、ただこの辺の事ばかりで、ある時は自分で発狂するかと思った。ほとんど発狂の際まで押し寄せた。

 普通の女性ならば、発狂という言葉の二十倍も強く発狂したであろう。けれど、ただ決心の確かなだけ、耐えられない思いで、耐えられないことを耐え、自分で自分に意見をして居た。

 なれど、時々はいっそ乞食になっても、瀬水城の近辺へ彷徨(さまよ)って行き、よそながら良彦の顔を見ようかと思った事もある。瀬水城の近辺で倒れて死ねば、森の木の葉の下に埋まるとも、この心が休まるだろうなどと思ったことも度々(たびたび)だった。
 
 五、六年の間、ただこの様にのみ思っていて、ついに土地の宣教師から、子弟に読ませて、為になる難船救助の面白い話が出ていると言って貸してくれた新聞の中に、教育に経験のある婦人を雇いたいという広告があった。

 土地は丁度瀬水城の付近であるから、是こそ天が、この身の思いを届かせてくれるために、この身に与えた好機会だと思った。

 勿論、年月は経ているし、我が姿は変えもした、変わりもした。その上に見る影もなく、やつれている。そしてこの身はこの世に無い者として、イタリアに葬られ 、親しくこの目を持って見届けた通り、大理石の墓標とは成って居る。

 よしや、昔のままの顔かたちで現れた所が、誰が澄子の再来と知るものか。他人の空似としか思いはしない。
 鏡に向かって姿を照らして見たけれど、我が身ながら昔の我が身とは受け取れない。

 何もためらうことはないと、既に心に決めたうえで、世話になっている宣教師に話して見た。宣教師は前からもっと広い土地で、大きな学校に力を尽くす方が、好いだろうとすすめていたほどなので、直ぐに賛成してくれた。

 それでも、もし、この学校が品子の建てたものと分かれば、澄子は決して来るところではない。ただ、瀬水城に近いから、或いは瀬水家の領地のうちかも知れないとは思ったけれど、品子の指揮を受けている学校とは、本当に思いも寄らなかった。それに、品子が全く我が後に、瀬水子爵夫人となっていることさえも知らなかった。

 初めて校長春田博士の口から、瀬水子爵夫人の学校だと聞いたとき、今思えば気絶せずに居られたのが不思議である。けれど、最早引くに引けない立場、胸を据えて、雇われることとはなったが、まだ一週間も経たない中に、いよいよその品子がこの学校を検分のため、合わせて河田夫人が適任か不適任かを見るために、ここに来るとは、実に意外、いや、意外と言うよりも、喩(たと)えようもないほどの当惑である。



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