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野の花(後篇)

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ミセス・トーマス・ハーデー著  黒岩涙香 訳   トシ 口語訳

野の花

     七十三 「外の女には真似も出来ぬ」

 顔と顔、目と目、両女が見合わせて立つ中に、もしや品子が河田夫人を、昔の澄子と見破りはしないか、よしや見破られないまでも、どこか澄子に似ていると、思いはしないか、そこまでは思わなくても、或いはどこかで、見たことが有るような気がすると、自分で自分の記憶を、探ってみるような事に成りはしないだろうか。

 このように気づかわれたけれど、実際品子の目には、その様な色は現れない。全く何とも思わないのだ。少しの間、見ていた後、品子は全く我が目下に向かって、我が恩を振りまくような調子で、

 「イヤ、今朝は少し早く来て、授業時間を妨げましたから、きっと迷惑でしょうが、実は夏が近くなると、夫や私の友人が、ロンドンからも、パリからも避暑旅行のついでに尋ねて来て、ほとんど客の絶え間が無く、今朝もその中の一人が、他の地方へ立つことになった為、駅まで送って来ました。そのついでだから、少し早いけれど、立ち寄ったのです。」

 妙に自分の交際の広いことを、吹聴するのは、これも品子の品子たる所以だろう。河田夫人は何も言わずに頭を下げた。

 品子は続けて、
 「少しばかり子供らの様子を、見せて貰いましょう。そして、その後で、貴方の部屋に行き、お差し使い無ければ、少しの間、お話して帰りましょう。」

 何の角もない普段の言葉ではあるが、その言い方が、気取らぬ中に気取っていて、恩に着せぬ中に恩に着せ、自分の出世に、大満足している様子が見える。河田夫人は何とか返事したいと思うが、上下の唇が綴じ合わせた様になり、少しの声を出すことも出来ない。全く神経がこわばったのだ。

 品子はこの様子を見て、単に我が威光に驚き、ほとんど恐れを催(もよお)しているのだと思った。全体女と言うものは、自慢の心が深いもので、人が自分に感心したと思えば、それを何より嬉しく思う。

 丁度孔雀が尾を開いて、人に誉められさえすれば、体の疲れるまでその尾を畳まず、これ見よがしに練り歩き、、これ聞けよがしに羽音をさせるのと同じ事だ。

 取り分けて品子は、その様な心が他人よりも強いのだ。もし、そうでなければ、河田夫人のただ成らない様子を見て、何か怪しむ所なのに、少しも怪しみもせず、ただ一方的に、自分の威光に圧倒されたものとのみ思い込み、かえって大得意となり、本当の上機嫌とはなった。

 「うむ、この女なら何時までも、この学校に置いてやろう。」
とこのような考えが心の底で決まった。
 そして素知らぬ顔をして、非常にゆっくりと女性徒のテーブルの傍(そば)へ歩んで行き、或者の頭を撫でてやったり、或る者の編み物を取り上げて「良くできた」とか「感心だねえ」とか、短い言葉で、恩人風を満遍なく吹かせる様子は何とも言えない。

 なるほど、これでは、とても正直で、真っ直ぐな河田夫人がその昔、社交界や夫冽の前で、並び立つことが出来なかったのは無理はない。レベルが違って全く競争にも何もならないのだ。

 一巡見終わった後、
 「貴方がたは、無理を言って河田夫人を困らせてはいけませんよ。あんまり分からないことを言うと、河田夫人は行ってしまいますよ。」
 実に場合相応な言いぐさである。そして、その言いようも重々しくもなく、軽過ぎもせず、丁度程々を得ているのだ。これが真正の雄弁と言うもので、外の女には真似もできない。

 そして又夫人の所に戻り、
 「サア、河田さん、貴方の居間に参りましょう。ナニ、少しの間ですから、クラスの中の年かさの者に言い付けて、しばらく後を見させて置けばよいのです。」

 こう言って又も絹服の裾を鳴らせ、自分が先に立って教室を出た。河田夫人はどうすることもできない。ただ頭を少し下げて、唇を閉じ、堅く両の手を握ったままで、その後をついて行った。



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