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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

nyoyasha12

如夜叉(にょやしゃ)

ボアゴベ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012. 4.18

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如夜叉    涙香小子訳

                        第十二回 

 鶴子は兄を引き立て引き立て三峯老人の家を出たが、兄の心がどれほどか辛いだろうと思えば道々にそれを励まそうとして、
 「兄さんもう明日からあの家ヘは行かない事にしましょう。本当に貴方がお可愛そうです。」

 耕次郎は強いて失望の色を隠し、
 「何で俺が可愛そうだ」
 (鶴)「私に隠しても無益ですよ。貴方が亀子を愛している事は良く知っていますもの」
 星を指されて耕次郎は又力なく、
 「ナニ愛しても駄目だと言う事を亀子があの通り見せてくれたからもう愛しはせぬ」 

 (鶴)「行けば行くほど迷いの種だからもうあの家へはお行きなさるな。私もなるだけ行きませんから」
 (耕)「なに和女(そなた)は今迄での通り行って遣るが好い。俺は何故かあの茶谷伯爵と云うのが安心の出来ない人と思う。和女が亀子の傍に居てそれとなく見張ってやらなければ、亀子はどのような目に逢うかも知れぬ。この婚礼は身を滅ぼし家を滅ぼす基だろうと思われる」

 (鶴)「真逆(まさか)伯爵とも云われる人がその様な事もしないでしょうけれど婚約早々スミルナへ行くと云うのが私は気に掛かってなりませんよ。無事にスミルナから帰ることが出来れば好いと思います。ですがね兄さん、あの伯爵を疑って陰ながら気を付けている人が独りは有りますよ」

 (耕)「夫は誰だ」
 (鶴)「あの長田長次さんが」
 (耕)「フム長々生とか云う弟子か。成る程あの男は見掛けに似合わぬ心が確かなようだ。併し和女(そなた)は美術館行きのこと話したか。」
 (鶴)「話しましたしたら喜んで一緒に行こうと云いましたよ」
 (耕)「あの男は随分汚い姿(なり)をしているからあれで美術館に行くと大勢の笑いものだ」

 (鶴)「その様な事がありますものか。細工場だからアノ様な姿をしていますが美術館へ行くとなれば余所行きの着物を着て来ましょう。」
 (耕)「おお和女は又大層長々生の肩を持つじゃないか。何時の間にか見初めはせぬか。油断がならぬ」
 (鶴)「なに見初めはしませんが細工場で一緒に仕事しているだけ次第に気心が分かりますのサ。ですが兄さん此の次の日曜には私もめかして生きますよ」
 (耕)「幾らでもめかすが好い。」

 長々生と一緒だからと耕次郎も次第に心が引き立って来る様子なので鶴子は嬉しく、
 「嫌な兄さんだよ。あんな事ばかり云ってサ」
 (耕)「だが目かすとは何(ど)う目かす」
 (鶴)その積りで私はね、この一週間にこしらえた花を先程一纏(まと)めにして問屋に持って行き、手間賃を沢山受け取って来ましたよ。ですから今すぐに江島屋に行って質受けして来ますよ」

 (耕)「質受けは勝手だが一緒に質屋に入るのは御免だよ」
 (鶴)「なに貴方はメンチン街の四辻で待っていれば、私が一人で行って受けて来ますワ」
と且つ話し且つ歩む実(げ)にも親しき兄妹なり。鶴子は暫(しばら)くして又口を開き、

 「兄さん貴方は先程の松子夫人を何と思います。捨苗夫人が連れて来たのですが矢張り夫人などと云われる程の身分ある人とは思われませんよ」
 (耕)「フム捨苗夫人が連れて来たのじゃ何とも請合う事は出来ない。あの夫人は何の様な人とでも交際するから。併し美人は美人だ。身分は何と言った」

 (鶴)「この頃露国から帰った有名な音楽師ですとよ」
 (耕)「有名かは知らぬがその様な名前を聞いたことが無い。あれは捨苗夫人と茶谷伯爵と二人で連れて来たのか」
 (鶴)「いいえ、茶谷伯爵は後から来て松子夫人に初対面の挨拶をもしましたが、何だか様子有り気な目配せをした様に思いました。事に寄ると初対面で無いかも知れません」

 (耕)「なにしろ俺は伯爵も松子夫人も碌な人間だとは思っていないが。」
 (鶴)「あれ爾(そう)言うのは酷過ぎます。人が聞くと恋の叶わぬ遺恨(うらみ)で手当たり次第悪く云うのだと思いますよ」
 (耕)「何とでも思うが好い。それ、云ううちに江島屋の質店が近くなった」

 (鶴)「ああ江島屋で思い出しました。先程は栗川巡査と云う人が老人の許(もと)を訪ねて来て殺された女の話をしましたが、その女も何か江島屋へ質を置いてあってその質の流れる時が来ればどれほど苦しい思いをしても利上げしたと云う事です」
 (耕)「それが何(どう)した。別に不思議でもないじゃないか」

 (鶴)「不思議ではありませんが、その外に色々な事を話しましたよ。殺したのは貴夫人で何でもあの女がその貴夫人か又は其の情夫の秘密な書付でも持って居たので、夫故(それゆえ)殺されたのではないかなどと」
 (耕)「巡査が何を云っても当てにはならぬ。今時の巡査や探偵は一頃の様に勉強をしないからだが、肝腎の老人の目を潰した曲者が分かったとでも言ったか」

 (鶴)「その曲者も矢張り貴夫人だと言いました」
 (耕)「貴夫人とばかりでは何の役にも立たないじゃないか」
 (鶴)「爾(それ)は夫(そう)ですが貴夫人と言う事が分かれば大凡の見当が付いたという様な者ですわ。長々さんも自分で探す積りと見え栗川巡査に色々聞いて居りました」

 (耕)「長々生は老人の弟子だから探すのは好いが俺はもう他人のことには一切口を出さない事にした。老人が若し真実あの敵を打ちたいと思うなら自分の婿に捜させるが好い。婿も二十万からの亀子の財産が我が物になることだからそれ位の骨を折っても好かろうと茶谷の事を思うに連れ、又も以前の不機嫌に帰らんとする様なので、鶴子は夫(それ)と見て最(も)う此の事は仰るな。私は質屋へ行って来ますよ」
 (耕)「俺もなに言いたくない。さあ江島屋へ行って来い。俺はここで待って居るから」

 是にて鶴子は兄を四辻に待たせて置き自分は一走りに江島屋の店に馳せ入ったが、質屋へは最も日の暮れ頃が入り易いものと見え、込み返されぬ程の混雑だった。総て受け出す品物は今日書付に元利を添えて番頭まで差し出して置き、翌日受け取りに来るのが此の店の規則なので、鶴子はそれを好く知っているので先ず預けた時の書付を取り出し是に幾らかの金を添えて片隅に控えながら我が順番を待ち居っていると、この時又も外から入り来る一人があった。此の人は鶴子には気付かないが鶴子は早やこの人の顔を見て「オヤ」とばかりに驚いた。此の人は誰だ又此の質店にて如何なることが起こる。

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