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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

nyoyasha22

如夜叉(にょやしゃ)

ボアゴベ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012. 4.28

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如夜叉    涙香小子訳

                     第二十二回

 長々の手を捕え無理に指輪を奪い去ろうとするのは真逆(まさか)に掏児(スリ)の仕業ではなくて、必ず乞食婦人の手下に違いない。これを盗られてなるものかと長々は一生懸命に手を握るが、果ては曲者はその手を捻じ折ろうとする勢いだ。こちらも必死、あちらも必死、押されながら捻り合ううちにも我が首筋に当って鳥の羽の様な物がサワサワと障(さわ)る心地がする。

 長々は是で忽ち気が付いた。我が手を折ろうとする曲者は疑いもなく彼の天狗っ鼻の竹に違いないと。彼が被(かぶ)っている兵隊の帽子の前に鳥の羽を飾りとして着けて居たことはまだ確かに覚えて居る。今は相手が怪我をしようが何も構っては居られない。後ろ様に足を飛ばし彼の向こう脛(ずね)かと思う辺りを靴の踵(かかと)で幾度も蹴りまくったが何分窮屈な所なので充分に当たらないのか彼は更に怯まずに益々其の力を強くし、次第次第に長々の手を後ろに捻り、唯一思いに挫(へ)し折ろうとするばかりとなった。

 もう是までと長々は声を発し、
 「助けて呉れ、助けて呉れ」
と叫び立てると、この押し合いに苦しめられるのは一人長々だけではなかったので、之に続いて、
「助けて呉れ」
の声は四辺に起こり宛(さなが)ら舞踏室も崩れるばかりだった。

 それを聞き付けて徘徊していた幾人かの巡査が駆け付け片端より制御したので人波は何時の間にか鎮(しず)まったが、長々は半死半生ですぐには口も開くことが出来なかった。栗川巡査は之を労わり、
 「君は余程押された様だな」
 長々は先ず我が手を調べ、指輪がまだその指に留まっているのを見て、

 「押されたけれどもう平気だ。しかし君は今の押し合いを何の為だと思う。」
(栗川巡査)「イヤ君の推量した通り今の乞食婦人は全く『まあ坊』だ。人波を立たせてその間に人を苦しめたり様々の事をするのは『まあ坊』の手段に決まっている。今まで幾度も例(ためし)があるから。」

 (長)「デハ君、直ぐに『まあ坊』を始めその他の連類を拘引するのが当然じゃないか。」
(栗)「イヤ、証拠の無いことに拘引することは出来ない。何でも五、六人力を揃えて必死に押し始めれば幾百の人が皆押し合うことになり誰が押して誰が押されたか更に分からない様になる。」
(長)「イヤ分かって居る。押されたのは確かに僕で押したのは『まあ坊』の手下の天狗ッ鼻だ。」

 (栗)「ソレに見給え、外の踊り手は皆再び踊り始めたが、乞食婦人の連中は今の混雑に紛れ姿を隠した。」
 聞いて長々も踊りの群れを眺めると成る程彼等の連中は一人も姿を留めない。これで見ると乞食婦人は巧みにスペイン訛りの言葉を使いカヂス座の座頭ペピタと称したのも全く真の『まあ坊』で巧みに我を欺いて、この指輪を奪おうとした計りごとだったのだ。

 この指輪は確かに軽根松子夫人の落したものにして『まあ坊』がこれを欲しがるからには『まあ坊』と軽根松子夫人とは同人である事も今は疑う所はない。今宵の苦しみは却って我が為には幸いだった。好し好し明日は直ぐにアンヂヨウ街にある彼女の家を訪ねて行き充分に問い詰めよう。

 この上ここに長居をして二度目の災難を受けるよりは今のうちに宿に帰ろうと長々は冷静にも思案を決し栗川に別れを告げて唯一人公園を外に出たが、見ると我が衣類を預け残した赤印度人の装束を借りた皺婆が店はまだ火影が見えるので、それを目指して公園の外を伝い横手の方へ曲がって行くと、舞踏室の雑踏に引き換えこの辺りは謐(ひっ)そりと静まっていて人一人通らないので淋しい事と言ったら言い様もなかった。

 「この辺でもし待ち伏せにでも会えば随分困るなァ」
と呟くうち向こうの方の木の下に腰掛けて眠っている一の人影があった。長々はもしやと思ったが退くべき時ではないので悠々としてその前を通り過ごしながら横目で彼が姿を見ると、アアこれも又天狗ッ鼻の竹に似ていた。彼はまだ兵卒の服をそのままに着けているが唯うわべの様子を変え彼の鳥の羽を飾った帽子の換わりに職人風の低い軟帽を戴き首に汚れた胸掛けを垂れ夜目にも光るメッキのボタンを隠していた。

 その心は問うまでも無い。『まあ坊』の命に従い再び指輪を奪う為め人の居ない所で我を襲おうとここで待ち受けていたのだろう。彼れ長々を遣り過ごして自分もやおら立ち起がり僅か一間半(2.7m)ばかり離れて長々の背後(うし)ろに従がって行く。

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