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nyoyasha44

如夜叉(にょやしゃ)

ボアゴベ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012. 5.20

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如夜叉              涙香小史 訳

                 第四十四回

 今柳田夫人を立ち去らせては、誰が又松子夫人と『松(ま)あ坊』の手紙を比べその同人であることを三峯老人に知らせることが出来るだろう。長々生はこう思って慌(あわただ)しく柳田夫人を引き留めると夫人は怪しんで、

 「私に願いとは」
と振り返る。長々は何から先に言い出そうかその順序さえ決められなかったので、
 「ヘエお願いと言うのはその、ヘエ手紙や着物や色々あります。」
と戸惑って述べる。柳田夫人は長々の血相まで変わっているのを見て、ただ事ではないと思った様に、
「何のことですか。手紙や着物とは」

 (長)「ヘイ、ここにあるこの古着です。これは何という着物でしょう。」
 夫人は長々が気が違ったかと疑いながら彼の古着を一目見て、
 「そうですね、荒糸織の単衣物でしょう。」
といい、又もそのまま立ち去ろうとする。長々は必死になり、
 「了(いけ)ません。了ません。まだ色々と話しがありますから。このまま二階にいらっしゃっては了ません。」

 老人は聞きとがめて、
 「何だ長々、手前は古着など買って来たのか。どこかのお転婆娘にでも遣る積りで、馬鹿め、女の後など追っかけてそれで二日も三日も俺の家に来なかったのか。」
と叱り付ける。長々は殆ど左右に敵に遭遇したようで、
 「イイエその様な事では有りません。それもこれも貴方のためです。貴方にこの不幸を掛けた曲者を捕えるため警察官を手伝ったり方々へ駆け回ったりしていました。」

 (老)「何だ曲者が捕まったのか。」
 (長)「捕まるところを屋根に逃げ、滑り落ちて死にました。その事はもう新聞にも出ていますがあれは全く敵の片割れです。」
 (老)「フム片割れが死んでしまったか。屋根へ逃げるなどと言う所を見ると俺にベッドを担がせた奴だろうな。」
 (長)「そうです。天狗鼻の竹二郎という奴です。」

 柳田夫人は口の中で、
 「それが天罰というものです。」
と生徒に説き聞かせるように言うのはまだ女教師の癖が抜けないためである。老人は見えない目を引き開けて、
 「天罰と言うなら俺の目を焼き潰した女の方が先に死ぬはずだ。その女は捕まらないか。」
(長)それはまだ捕まりませんが。」

 (老)エエ探偵などと言う者は仕方が無いやつらだな。俺の目を潰した奴は戸に挟まった着物の切れ端て貴夫人ということ分かっていると言いながらその後の証拠は一つも上がらない。俺が若し目が見えれば草を分けても捜し当てるけれど。アア残念だ、思い出すとなお残念だ。若しその女が捕まって見ろ。俺はその細首を掴み潰しこの指でその女の両の目玉をえぐり取って、その上でなぶり殺しにしてやるが。」
と言いながら非常に悔しそうに両の拳を握り固め、唇までも怒りに震えた。若しこの老人にして真にその女を捕え得たならば今自ら言う通りなぶり殺しにもしかねない。

 長々は独り言を言うように、
 「その女が今少しで捕まるけれど」
と呟くと、
 (老)その女捕まるだけの何か手掛かりを見付け出したか。
 (長)その女から今言う鼻竹へ送った手紙が手に入りました。
 (老)何だと手紙、手紙なら名前が書いてアルだろう。その女の名前は何という。早く聞かせろ。

 長々は既に我が目的が達した様な気持ちがして、
 「名前は唯『松あ坊』とだけしか書いてありませんが。」
 (老)それだけでは仕方が無いな。
 (長)でもその筆癖を証拠にして同じ筆癖の婦人を探せば。
 (老)手前もやっぱり探偵のように気の長いことを言う。それを探すうちには俺がもう死んでしまうハ。確かにその女の住所、姓名が分かれば格別だが、そうでもなければ再び俺の聞くところで曲者の話をして呉れるな。聞くだけ俺は腹が立つ。

 (長)イイエそれが満更分らないでも有りません。こうして柳田夫人を引止めたのも夫人にその手紙を貴方に読み聞かせて戴くためです。
 (老)「住所も本名も分らない手紙読んだとて何になるか。」
と言い切ったがなおその文句が聞きたいと見え、
 「でも読んだところで損はないな。どれ読んで聞かせろ。」
と言う。

 柳田夫人は長々から受け取って直ぐに読み下すその文、
 「竹や、私もね、何の苦もなく逃げて来たよ。だがねお前がベッドを担いで行った後で馬鹿野郎が帰って来たよ。けれどお案じでない。私が持っている毒薬で馬鹿野郎の眼を焼き潰してやったから。」
 これだけ聞き老人は又怒り、
 「何だその馬鹿野郎というのは誰かと思えば俺の事か」
 (柳)もうこのような汚らわしい手紙は読みません。
 (老)「イヤイヤまだどの様な事が書いてあるか分らない。一字も残さず正直に読んでしまえ。」

 夫人は又読み下す。
 「幾ら奴が悔しがっても」
 「今度は俺を奴というのか。」
 「二度とお前や私の顔を見る事は出来ないから安心してあの金で警察の知らない所へ下宿をしなさい。来る水曜日の夜は昔の踊り仲間を引き連れて公園へ来ておくれよ。久しぶりに一杯飲ませるから。その代わりお前も用心おしよ。もしあの事を始め私のことを他言すれば私にはまだ毒薬の残りがあるからお前の知らない間に馬鹿野郎と同じ目にあわせるよ。『まあ坊』より」
とあり。

 柳田夫人は読み終わり、胸が悪くなったと言うように眉をひそめ、
 「貴婦人とも言われる者がこの様な文章を書くだろうか。少しも教育のない人間ですよ。ですが不思議だ。何だかこの文字は見たことがある様な気がする。」
と言い掛ける。長々はここぞと思い、
 「見たことがある筈です。今師匠が私に見せた手紙と見比べて御覧なさい。」
と言いかの松子夫人から老人に寄越したと言う先ほどの手紙を差し出すと、夫人は又一目見て色を失い、

 「オヤオヤこれは益々不思議だ。どう見ても同じ人の書いたものだ。」
 (長)「貴方にそう見えますか。」
 (柳)「見えますとも、文字だけは全く同じ事です。」
 (長)「そう見えれば追々分ります。違うのは唯名前だけで、一方には『まあ坊』とあり三峯老人へ宛てたのには。」
と言う言葉の終わらないうち老人は又聞き咎めて、
 「手前の言う事は少しも分らないが。」
 (長)「分らなければ柳田夫人にお聞きなさい。」
と目を以って夫人の言葉を促すと夫人はまだ十分に事の意味を理解していず宛も夢かと思いながらも、

 「一方には軽根松子夫人と書いてありますが、その字と今読んだ恐ろしい手紙の文字とは同じ筆跡だと言うのです。」
 (老)「その様な事があるか。それは長々が騙(だま)すのだ。」
 (長)「これはとんでもない事を仰る。両方の文字が同じ事だとは私が何とも言わないうちに柳田夫人が一人で気が付いたではありませんか。」

 (柳)「そうです。私は書いたものを見ていますだけで」
といへど老人は更に承知せず、
 「好し好し、手前らは二人で目配せして俺を騙して嫌がるな。エエこの様な口惜しい事は無い。」
と歯をかみしめて憤る。夫人は流石に女教師もする程の人なのでこの疑いを耐え忍ぶ事は出来ず、こちらもきっと怒りを浮かべ、
 「私が何で貴方を騙しましょう。その疑いの晴れるまで私はこの部屋を出て行きます。」
と言って決然として又立ち上がった。
 長々の残念はどれほど大きいことだろう。

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