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nyoyasha54

如夜叉(にょやしゃ)

ボアゴベ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012. 5.30

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如夜叉              涙香小史 訳

                  第五十四回

 ドクトル淡堂は言葉を継ぎ、
 「待ち給えよ。君も知る通り僕が学校を卒業してから初めて外国へ旅行したのは慢性病に罹っている某貴族の伴をして伊国《イタリア》へ行った時だが、爾々(そうそう)その少し前だ、今言う村越お鞠が料理屋飛び込んで来たのは。爾(そう)だ、僕が伊国行きの仕度などをしている頃だった。」

 (長)その様な事は如何でも好い。肝腎の話を聞かせたまえ。それからお鞠はどうしたのだ。
 (淡)突然僕の手を取って、大変ですよ、先生、前からお話していた私の大事な人が昨夜怪我をして人に背負われて来ましたが、貴方より外に治療をして下さる方はありません。直ぐに来てください。直ぐに、直ぐにと急き立てるから、僕は変に思い、昨夜怪我した者を今迄そのまま置いて置いたのかと聞いてみると、ナニ昨夜も十二時過ぎ、言わば今朝の明け方で、それから今まで貴方の居所を探してやっとこの通り見付け出したのですと言う。何しろ慌てている風だったから僕も可愛そうになり、早速お鞠の後について行くと、アルノ街の路地の角にある小作りな家に入った。
 (長)それが即ち僕の師匠が目を潰された家だろう。

 (淡)それから二階へ上がって見るとベッドの上の怪我人というのはお鞠の素人治療で手とも言わず頭とも言わず、布切れでぐるぐる巻きに巻いてある。僕はそれを解いて傷所を検めたが頭にも杖で殴られた傷があり、手などはガラスの破片で引っかいたものと見え、目茶目茶になっていて、右の腕には女持ちの極細いピストルで打ち抜かれた痕(あと)もあり、その他後頭部にも大道に転がり落ちた様な怪我もある。しかし幸いにいずれも急所を外れていたからそれぞれ手当を施したが、僕は唯その患者の顔付きの立派なのには驚いた。どう見てもお鞠などと一緒に暮す男ではないから、さてはその男貴族の果てか何かで、浮気女を強請って食っているのだな。お鞠なども食われている一人だなと見て取った。猶念のために患者に向かい二言三言聞いたけれど、患者は身分を憚るのか満足に返事もしないので、僕もそのまま帰ったがその時お鞠は出口まで送って来て、アレが有名な貴族茶谷立夫で今は敵のあるため艱難辛苦しているが、その敵を追い払いば直ぐに私を屋敷に迎え表向き結婚するのですよと言った。

 長々は聞いて来て大切な手掛かりを得た様に打ち喜び。
 「だがどうしてその様な怪我をしたのだろう。決闘でもあるまいし。」
 (淡)ナニその様な名誉ある怪我ではない。僕の鑑定では夜中に人の家の窓を破り中へ入ろうとしたところを内の者が目を覚まし棍棒で殴るやらピストルを放つやらしたために野郎驚いて窓から往来へ後ろ向きに落ちたのだ。

 (長)して見ると彼等(きゃつ)は泥棒でもする積りであったのだな。
 (淡)サア泥棒か何だか分からないがいずれにしても紳士の仕業ではない。恥知らずな所行をした結果と見える。
 長々は一層の力を得、
 「それ、そのような奴だもの僕が亀子の婿にしたくないと言うのは当然だろう。

 (淡)成る程当然だ。充分に遣りたまえ、僕も及ばずながら加勢しよう。
 (長)是非願うよ。僕が老人に茶谷はこれこれだと言ったところが一口に讒訴(ざんそ)《陰口》だと叱り中々取り合わないから場合に寄ったら君にも充分口を聞いてもらわなければならない。だがしかし君はその後も茶谷に逢った事はあるだろうね。

 (淡)イヤお鞠には伊国から帰って後も会ったけれど茶谷には全く会わない。それでもその顔は今以ってありありと覚えて居るもし折があれば出し抜けに僕を茶谷に会わせて見給え。僕は一目で是がその人だと指してやるから。
 (長)何しろしかしこの様な事を言うには少しも失念のない様に念の上にも念を推して掛らなければ成らないから、第一に君がその茶谷に向かい愈々彼奴(きゃつ)がその時のお鞠の情夫に違いないと言う事を見届けて置くのが肝腎だね。

 (淡)それはそうだ。どうかして見届けたいものだ。
 (長)「はてな、三峯老人に問えば彼奴の住居が分るけれど、それでは却って老人の疑いを起こすから面白くない。老人の家の細工場に座っていれば毎日彼奴が玄関まで来るそうだからその顔を見られるけれど、今は細工も止めているからそれも怪しまれる元だろう。どうしたものか。アア画工(えかき)筆斎に頼みクラブで彼奴の住居を聞いてもらい、その上でしかるべき口実を設けて彼奴のところまで訪ねていこうか。筆斎と彼奴とは同じクラブに入っているから。」
と言うと、この時淡堂は戸外を眺め、

 「何だ、筆斎、彼ならばソレ今丁度乗り合い馬車に乗ろうとしてこの家の前でまごまごしているが。」
 (長)「エ、筆斎が鉄道馬車に。それは不思議だ。彼奴も僕と同じく足の達者なのが自慢で馬車よりは歩くのを好む方だが。」
と言いながら長々は窓から首を出して見ると成る程彼の筆斎がたった今通って行った馬車に乗り遅れ、不愉快そうな顔付きでこちらに歩いて来るところなので、長々は声を掛け、

 「筆斎君、筆斎君、少し話がある。ここへ立ち寄って呉れないか。丁度ドクトル淡堂も一緒だから。」
と言うと筆斎は機嫌を直して入って来た。
 「アア、馬鹿を見た。馬車の中に素敵な逸物が乗っているから相乗りをしようと思って呼び止めたが御者が満員になっているからと言ってそのまま行って仕舞った。」
と呟きながら席に着く。

 (長)アノ美人は君も知って居る春野耕次郎の妹鶴子と言う者だが。
 (筆)「何だ彼女が春野氏の妹か。それでは御者に断られて良いことをした。危うく君から決闘を申し込まれるところだった。」
と打ち笑い、更に淡堂先生にも淡白に挨拶する。長々は唐突に、
 
 「実は君を呼んだのは外でもない。茶谷立夫の住家を聞くためだ。」
 (筆)フム、住家を聞いて又一勝負もうける積りか。今度はそうは行かないよ。
 (長)ナニその様な事ではない。もし君が知らなければクラブで問い合わせて貰いたいのだ。
 (筆)ソレはお易い事だが僕に聞くより君の師匠の三峯老人に問う方が早いじゃないか。
 (長)「いやそれはいけないと言うもの。そこには色々訳があるのだ。」
と言って包み隠さず我が目的と今までの骨折りを詳しく話し、今淡堂聞いた茶谷の怪我の話まで打ち明けると、筆斎は暫し考え、

 「それは不思議なこともあるものだが、その淡堂君が茶谷を治療したと言うのは何時頃のことだった。
 (淡)今から六年前だ。
 (筆)フム六年前の春か。
 (淡)僕が伊国へ行く少し前だから冬の事だ。十一月の末であった。

 筆斎は何事かはたと手を打って、
 「これは益々面白い。僕もそれと一対の事実を知って居るよ。丁度年月は同じ事だから一個の事だろうが。」
と言って、これから筆斎は如何なる事を語り出そうとするのだろう。

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