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nyoyasha59

如夜叉(にょやしゃ)

ボアゴベ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012. 6.5

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如夜叉              涙香小史 訳

                  第五十九回

 一週間の内に身の潔白である証拠を集め、三人に向って決闘を申し込むとは茶谷立夫の返事だが三人は別れに臨みこの後の運動を相談し、長々と淡堂は老人を説き、亀子を守り筆斎はこれから茶谷の振る舞いを見張るべしと言う風に役割を決めた。こうして筆斎は先ず茶谷の資産から調べようと言ってその公証人を訪ねて行き、茶谷が亀子との婚礼にその財産と定めたのは何なのかを問うと、銀行手形で数万フラン、露国の新公債証書で十余万フラン、総て公証人が書き留めたとの事なので、さては彼は我が思いに違わず松子夫人のの財産を借り、一時公証人を誤魔化して結婚の約束を済ませたことが分った。

 そうすると松子夫人と二人で後で亀子の持参金を分取りにすると約束を結んでいることも最早疑う余地はない。長々が言うように婚礼後直ちに亀子と老人をスミルナへ連れて行くというのも実は他国で二人を亡き者にしようとする企みに違いないと筆斎は殆ど身震いするほどに驚き恐れ、更に茶谷の住居を問うと、ハスマン街との事なので、直ぐにそれを訪ねて行くと茶谷の住居は諸道具財産と共に三日前より借金の形(かた)に差し押さえとなり、茶谷自身は何処に泊まっているのか住居へは帰って来ていないとの事だった。

 そうであろうと思ってはいたが、何しろこれで彼の居所を突き止める手段は切れてしまったので、再びクラブに取って返したが、誰も知って居る人が居なくて、唯僅かに手掛かりとも言うべきは給仕の中に茶谷が先程乗り去った借り馬車の番号が五十五番であることを見たと言う者が居たので筆斎はその時のことを考えてみると、医師淡堂が馬車の中に夫人が乗っているのを見たと言ったのも一つの手掛かりである。

 その夫人とは絶対『松あ坊』で茶谷は彼女の隠れ家へ連れて行かれたのに違いない。そうするとこれから五十五番の馬車を尋ねその御者に問うほかは無いとその日はこれだけで止めたが、翌日は更に中央馬車局に行き件の番号と御者とを尋ねたが何の苦労も無く分ったので、その御者に金などを与え、色々聞くと昨日は町外れにあるネリーの正面から濃いベールを垂れた夫人を乗せその指示に従ってクラブに行き入り口でしばらく待つうちに一人の紳士が出て来て夫人の傍に座を占めて更にラペー街まで行き、その婦人一人降りて、右手の下ネリー街の此方まで駆けて行きここで一人を降ろしたと事細かに話した。

 これで見ると二人とも世間離れたネリーの町に潜んでいるのに違いないが、だからと言ってその夫人がラペー街の下宿に立ち寄ったとは如何にも理由が有りそうだ。ラペー街の下宿とは即ち春野耕次郎とその妹鶴子の住む家であるが、彼女『松あ坊』がこれに寄ると言うのは長々を恨むため鶴子に仇をしようと企んでいるのかも知れない。兎に角春野兄弟に警告しておいたほうが良いと筆斎は猶予もせずその下宿を尋ねて行き、帳場の者に聞いてみると、昨日訪ねて来た濃いベールの夫人はこの家に春野鶴子が下宿しているかどうかを問い、唯今外に出て留守だと答えるとそれなら明日にも又尋ねて来て作り花を注文したいと言い置いて立ち去ったとの事だった。

 『松あ坊』が作り花を注文するとは思いも寄らないことだったので、愈々その目的の唯ならないのを察し、筆斎はその仔細を手紙に認(したた)め春野鶴子を気を付けさせよと長々に言い送った。しかしまだこれだけでは十分ではないのでこの後筆斎は何時ものようにネリー近辺を散歩して心当たりを尋ねていた。

 これに引き換え又長々は春野二人を警告せよという筆斎の葉書を受け取ってから、これを機会に鶴子のところへ訪ねて行ったが、最早茶谷を三峯老人の家に出入りさせないのも同様にして彼を外国に追いやるのも遠いことでは無いので、この間にも兄弟を老人の家に出入りさせて、なるべく耕次郎と亀子の間を親密にするのが良いだろうと思い、あらましの様子を告げて耕次郎と鶴子を伴い帰ると、亀子は怪我も次第に治り今はただ退屈に耐え難い時だったので、非常に喜んだとは言え、それに付けても医師淡堂先生がまだ茶谷に会うのを許さないのを恨みとし、時々は打ちふさぐ様子も見えるが、耕次郎も亀子の退屈を憐れんで銀行の帰りには以前のように大抵立ち寄って一、二時間づつ亀子を労わり老人を慰めること殆ど勤めのようにしていた。

 この一同の内で最も憐れむべきは老人で亀子の傷が癒えたとは言え、我が一時の過ちにより彼女の命断とうとまでしたのを悔い不思議にも命だけ取り戻しはしたが、亀子の心の中ではこの怪我の元を何と思っているのだろうと考えると殆ど穴にも入りたい心地がする。亀子が更に一言もその元を問わないのを見て、ハハア亀子は我に刺されたことを薄々と覚えて居るがそれを聞いては我を赤面させると思い、殊更に控えているのだろうと様々に推量して自ら心配するのも無理は無い。

 このようにして何日か過ぎ、茶谷が三人に約束した一週間の休戦日もまさに尽きようとする日だが、早や夕方に近づいたので何時もの様に春野耕次郎も訪ねて来ず父は下で長々と何事か話している様子なので亀子は唯一人二階に在って身の徒然をかこちながら久しく見ていない外の景色を見るのも一興だろうとやおら窓際に進みよると涼風が肌に触るのは得も言われぬ心地がして、亀子はほっと息を吐きしばらくの間他愛も無く窓の横木に持たれていたがこの時たちまち目に留まるのは往来にたたずんでしきりにこの窓を見上げる一人の紳士がいた。

 亀子がその顔を見上げると同じく彼方も亀子の顔を見て丁寧に礼をしながら且つは何やら手に持っている小さい品物を亀子に示す様子なので、亀子は直ぐに戸を閉めて身を引こうと思ったが、見るとその品物は手紙かとも思われる紙切れで何か巻いたものに似ていた。はっと思って少しばかり戸を閉ざし遅れたが、一刻の手遅れは百年の過ちをかもすとやら言う様に、その瞬間に彼の紳士は窓を目掛けて件の品物を投げ込んだ。紳士は誰で品物はなんだろう。

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