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nyoyasha63

如夜叉(にょやしゃ)

ボアゴベ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012. 6.9

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如夜叉              涙香小史 訳

                  第六十三回 

 余り辺りの淋しさに亀子は非常に怪しみながら紳士に引かれて門を入る。紳士は先ず亀子の疑いを解こうと、
 「イヤ何、嬢様、この家は松子夫人が買い取って未だ間もなく庭の手入れも行き届きませんから、このように不思議に見えるのです。今少し奥に入れば茶谷の居る所も見えますから心配には及びません。若し私が唯一人で帰って来れば彼はどれ程か失望し必ず自殺もしかねませんが、こうして貴方と一緒だから飛び立つ様に喜びましょう。」

 こう聞いては亀子も又早く立夫に顔を見せて安心させ様と思うため、足も自ずから軽くなり、五、六間(9~11m)も奥に入るとなる程紳士の言う通り、向こうに二階作りの家があって、窓から漏れる明かりがチラチラ見える。

 (紳)ソレ二階にも下にも灯りがあります。二階が即ち松子夫人の居間で捨苗夫人も一緒に居ましょう。立夫は少しでも早く貴方の足音が聞こえるように下の取り付きの部屋に居ます。
 (亀)ですが私の帰りには先程貴方が仰(おっしゃ)ったように貴方が送って下されましょうね。
 (紳)「ソレハ仰るまでも有りません。御連れ申して老人にも私が言い開きます。」
と言いながらなおも家の方を目指して寄って行くと、やがて間近くなった頃紳士はたちまち足を止め、

 「御覧なさい。私の言った通り立夫は唯一人で下の部屋で失望に沈んでいます。」
 聞いて亀子はその方を眺めるといかにも立夫は唯一人取り付きの部屋に居てテーブルに向って腰を降ろしていた。彼は両肘を頬について首を垂れテーブルの上にある何物をか見詰めている様子は唯一目で深い悲しみに沈んでいるのが分る。亀子は今更の様に打ち驚いて只管(ひたすら)胸をのみ騒がせると紳士も非常に力なく、

 「私の申したのが嘘でないでしょう。可愛そうに立夫は貴方のお出が遅いので時計の針ばかり眺めています。あの様に正直な男ですから今夜貴方のお出でがなければ必ず自殺する所でした。一端言い出した事はどうしても遣り通す男ですから、今我々が五分も遅ければどの様な大事になるかも知れない所でした。ヤヤあの通りです。彼はピストルまで傍に置いてあります。」
と非常に巧みに言い回す。

 亀子は総てこれらの事を前もって仕組んでいた狂言だとは知る由もなく、いかにも立夫の右手の方向にピストルが有るのを見てたちまち胸が塞がり、殆ど気絶しようとするのをようやく支えている。 紳士は我が言葉の効き目を見て、
 「嬢様、しっかりなさい。サア行きましょう。もう一分も猶予が出来ない場合です。」

 亀子は、
 「ハイ」
と答えるのさえ塩枯れ声で、藻掻き藻掻いて進もうとする。この時立夫は宛(あたか)も待ち兼ねて絶望した人のようにピストルを手にして立つより早く、その筒口を喉に当て唯一引きにその引き金を落とそうとする。世にこのように危険な場合があるだろうか。亀子はここに至り狂気した様に、

 「お急ぎなさい。」
と一言叫び石段を蹴り登って立夫の部屋に転がり込んだが、その後は夢中であった。病後の疲れの直らないうちに酷く心を動かしたためか、
 「ウン」
とそのまま絶息し驚いて差延ばした立夫の腕に倒れ掛かった。

 立夫は持っていたピストルを投げ捨て正体もない亀子の体を長椅子まで運んで行くと彼の紳士もその傍まで駆けて行ったが、手を出して助けようとはせず、恭しく立夫の指図を待っているようだった。この紳士、もし自ら言った様に真に立夫の父の親友ならば、このような時には先に立って働くべきなのに、そうはせずに指図を待つのは、全く金のために使われる人に違いない。

 立夫は声を発するのさえ恐るように無言のままで二階の方を指差すのは、早く捨苗、軽根の両夫人を呼んで来てくれとの心のようで、更に又角口の方を指差し早く早くと促すのは門口に行き張番をせよとの意に違いない。紳士はその意を心得てか同じく無言で頷きながら急いで二階を指して駆け上り更に又降りて来て今度は門口に走り出た。

 後に立夫は心配そうに亀子を介抱していたがまだ気が付く様子がないので、このような時こそ襟を開かせ肩から胸の辺りを涼しい夜風に吹かすのが一番とようやく思案が浮かんだように亀子の胸のボタンを外しその着物を引き下ろして亀子の白い肩からまだ刀傷の癒え残る胸までを押し開いた。これより何十分か経た後亀子はようやく我に返り、

 「オヤ、ここは、何処ですか。」
と呟いたが、この時亀子の頭の辺りには立夫の他に彼の『松あ坊』と言う恐ろしい松子夫人が控えていた。されど捨苗夫人の姿は見えず、亀子は二人の顔を見て、今までのことを思い出したのか、
 「アア、そうでした。」
と漏らす声もかすかだった。

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