巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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nyoyasha72

如夜叉(にょやしゃ)

ボアゴベ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012. 6.18

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如夜叉              涙香小史 訳

                 第七十二回 

 茶谷立夫が撃剣の稽古をしたと聞いて三人は顔を見合わせたが筆斎は更に大糟に打ち向かい、
 「して貴様は今朝あの茶谷と話をしたか。」
 (大)したどころではありません。三〇分ほど散々小言を聞きました。彼奴(きゃつ)はね、昨夜貴方がネリーの別荘へ踏み込み亀子嬢を救ったのは全く私が金のため貴方へ万事を打ち明けたからだ言い、何と言い訳をしても聞かないのです。何私が金などに目がくれますものか。貴方にピストルを胸先に差付けられ、やむを得ず打ち明けたのは貴方が良くご存知ですもの。

 (筆)だがこの上貴様が俺たちの言葉に従い神妙にすれば随分金もやらないこともない。
 (大)それは神妙に致します。ですがね、私から茶谷へ貸した千五百フランの金はもう取り返す見込みがありません。あの松子夫人とか言う女が茶谷に付いているうちは茶谷も中々融通が利きましたが、もうあの女も茶谷を見限ってしまったようですから。茶谷は頼る所がなく何か一か八かの仕事をやらかす積りで十分目論んでいる風が見えます。

 (筆)だが松子夫人が見限った事をどうして知った。
 (大)茶谷が自分でそう言いました。それも矢張り私が貴方に内応したせいだと言って大層立腹して居ますが、馬鹿な野郎ですよ。幾らあの女が茶谷に惚れていたとしても、今まで散々入れ揚げましたもの。もう愛想をつかしましょう。何でも昨夜貴方が帰った後であの女は有り金引っさらい茶谷へは後ほど帰るから待っていろと言い置き、そのまま出て行って帰らないそうです。

 今日もクラブの賄い方が彼のネリーの別荘へ売り込んだ酒の代を取りに行ったところ、別荘は丸空きでその持ち主や近所の者に聞いて見ると松子夫人は一週間前に一ヶ月の前金を払って雑作付きのままで借り受けて、女中なども使っていたが、一昨日の朝とか残らず暇を出したそうです。してみると亀子嬢を連れ茶谷とともに外国へ逃げる積もりであったと見えますな。ですから茶谷も長くこの国にいる気遣いはありません。

 (筆)でも今はまずこのクラブにいるだろう。
 (大)居ますがあの様な者に会ったとて仕方がありませんよ。彼奴は今日も実はクラブの会計に50ルイばかり借りる積りで来たのです。ところが会計から反対に今までの貸し分を催促されその上今月限り除名すると言い渡されました。会計の目は鋭いから再び浮かぶ瀬がある人と見れば決して除名しませんが茶谷にはその見込みがないのです。

 (筆)その見込みはなくても好い。俺が会うと言うのは金のタメではなく、他の談判のためだから。
 (大)他の談判とは昨夜の一条でしょう。それなら早く始めなければいけませんよ。彼奴は色々の事を言いふらしていますから。
 (筆)色々の事とは
 (大)亀子嬢を抱いて寝たなどと。
 
 長々は横合いよりこれを聞き、
 「何だと、茶谷がその様な事を言っているのか。もういよいよ決闘して息の根を留めてくれるほかはない。」
 (大)イヤ決闘ならお止しなさい。彼はクラブ中第一と言われる撃剣の達人ですから。」
 傍にいる淡堂は、
 「ではピストルで闘うよりほかはない。」
とつぶやいた。
 (大)そうですね。ピストルで闘うか、ただし彼は警察に引き渡すのが好いだろうと思われます。

 (筆)余計な事を言うな。それは貴様に聞かなくても俺などが知っている。さあこれで貴様に用事はない。
 (大)用事がないなら行きますが唯一つ決めておきたいのは私が神妙に他言もせずに謹んで居れば茶谷に貸した金だけを貴方から頂けますか。
 (筆)勿論だ。
 (大)もし決闘で貴方が殺されれば。

 長々は又傍から
 「俺が払ってやる。明日にでも彫刻師三峯老人の許へ長田長次と言って訪ねて来い。」
 大糟はこの約束を得て初めて安心した様に一同に丁寧な礼を述べて立ち去った。後に筆斎は長々と淡堂を顧みて、
 「さあ愈々これからが茶谷との談判だが、今夜は僕が正面の相手になり時々君達に加勢して貰うことにしよう。」

 (淡)それがよかろう。決闘もするとしないとは君の臨機応変に任せましょう。
 (筆)好し、だが兎に角あの様な悪人と命の遣り取りは損だから矢張り彼奴を外国に追い逃がすのが得策だ。
(長)しかし、僕は決闘に限ると思う。外国へ逃げて行った奴は帰って来る恐れがある。
 (淡)そうさ、冥土へ逃げ込んだ奴ばかりは帰って来なければ口を聞く気遣いもないから。
(筆)「イヤそうはいかないよ。決闘すれば介添え人と言う者が立ち会うから当人は死んでしまっても後で介添え人が遠慮なくしゃべりたてれば却って害になると言うものだ。」
と最も道理なる言葉を吐いたが、長々はなおこれに賛成しないように、

 「誰も茶谷などの介添え人となる奴は居ないだろう。どうか介添え人なしで済ませる工夫はないかなあ。」
とつぶやいた。この様な所へ撃剣室を出てこちらに歩いてくる一人はこれこそ撃剣の先生で、筆斎は前からその顔を知っているので、
 「先生、茶谷伯爵はまだ撃剣室にいますか。」
 (先)「はいまだ一人で頻りにやっていますよ。」
と言い、先生はそのまま立ち去ったので、これから筆斎は先に立ち長々と淡堂とを直ぐ我が後ろに従えて撃剣室に入って行くと、いかにも先生の言ったことに違わず茶谷立夫は面こそ脱いでいたがまだ稽古の服を着たままで一生懸命に剣を振っていた。見れば今朝から十分に稽古したものと見え、先の折れた長剣ふた振りその辺りに散っていて且つは立夫の持っている剣も同じく先の方が折れかけていた。

 立夫は筆斎の顔を見るよりも、
 「ああ、とうとう約束通り来ましたな。私もこれから着物を着替えて応接の間に行き、貴方の来るのを待とうと思っていたところです。」
と言いながら更に後ろにいる二人を見て、
 「や貴方が一人来るのかと思えば二人の加勢を連れてきましたな。」
 (筆)当たり前です。この前の談判にも両人はいましたから、今日も同じく立ち会うのです。
 
 立夫は非常に冷淡に、
 「私からその加勢を謝絶して貴方一人にお目にかかるところですけれど、その二人は介添え人でしょう。介添え人ならば構いません。
と言う。果たせるかな彼は既に決闘の一方に心を定め、死にもの狂いとなっているのだ。

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