巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.4.9

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         (百一) 言葉を先に立てて

 通された其の客は、思いもしなかった唐崎夫人である。此の夫人は、上流の孰(いず)れの家に行っても、敬われもし恐れられもし、又慕われもする。言わば社交界に無くては成らない世話人とも言うべきである。
 何処に行っても、言葉を先に立てて入って行くのが、此の夫人の常である。

 「オオ、オオ、部屋の飾りも全く美術的に出来て居る。成るほど此の室(へや)で寒村嬢は、毎日音楽の練習を成さるのですね。何しろ嬢の音楽は、聞いた人が感心せずには居られないほど、もう玄人(くろうと)にも近い程ですから。」
と言って部屋中を見廻す様は、若しや琴の音が、壁に浸み込んで居ないかと、検める様にも見える。

 「其れに嬢は絵を書くのも上手だとの評判で、今の世に珍しいほど修養が行き届いて居る。実に感心ですよ。」
と言って網守子の前に座した。
 誰に向かっても、先ず自分の言うだけの事を言って了(しま)わなければ、相手に口を開かせないのが、是も此の夫人の常である。

 「今日は貴女に祝辞も述べ、其の上に少しご相談も有って参りました。」
 網守子は今まで、幾度か此の夫人に逢ったことが有り、最初には其の多弁に驚いたけれど、今では極めて親切な、且つは何事をでも教えて呉れ、説明して呉れる博識の人として、幾分か懐かしい程にも思って居る。
 「私へ祝辞など、何も其の様な事は。」
と網守子が言い掛けるのを、夫人は直ぐに遮(さえぎ)って、

 「イイエ、先ア、私の言うだけの事を聞いた上で、お返事をして下さい。宜しいですか、私の言葉を途中で妨げてはいけませんよ。
 それは貴女が未だ誰にも発表しない中に、祝辞などを受けては、打ち消すのが当然(あたりまへ)ですけれど、他ならない私ですよ。私の祝辞なら、ナニ発表前に受けても好いでは有りませんか。其れに此の様な事は、当人が隠して居ても、世間が知らずには居ないのです。実は私は蛭田江南から何も彼も聞きました。」

 何事を此の夫人は祝するのであろう。それも蛭田江南から聞いたとは、少しも心当たりの無い事柄である。網守子は我知らず、
 「蛭田江南が何を言いましたか。」
 唐「先ア、其の様に私の言葉を遮らずに、終(しま)いまで聞いて下さい。イイエ江南も是は秘密だと言いました。秘密だけれど、特に貴女だけにはと言って、口留をして、私へ内々で話しましたから、私も誰にも言いはしませんよ。

 唯貴方だけは、其の御当人ですから、こうして貴女へ祝辞を述べるのは、其れは格別です。勿論江南は言いましたよ。双方の都合に由り、未だ世間へは発表していないと。けれど男と言う者は、無邪気な者で、自分の嬉しさを包むことが出来ないので、其れで私へ打ち明けたのです。」

 何のことだか知らないけれど、網守子は殆ど煙に巻かれた気持ちである。


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