巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

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         (百三) 成るほど小説家

 猶(なお)も滝の水。
 「蛭田江南の小説は評判が好い筈です。有り触れた作り話とは違い、上流の社会に在った全くの事実ですもの。其の事実を場所や月日や人の名前を替えただけで、小説の様に書いて、私が江南の許へ送って遣るのですよ。此の私が。」

 成るほど此の夫人ならば、喋ることをそのまま筆記しても、大抵の小説家には劣らないほど波瀾があるから、定めし書く事もうまいであろう。
 「けれど其の事が世間へ分かっては、今更江南も困りましょうが、私も困るのです。ですから、たとえ江南が其の様な事を貴女へ打ち明けたにしても、何うか貴女の口から世間へ洩れ無い様にして頂き度い。是は江南と私との間の秘密で、江南が独身で居る間は、決して洩れはしませんけれど、妻と言う者が出来れば、自然と洩れる恐れが有ります。其れで今日は、貴女へ祝辞を述べ方々口止めに参ったのです。」

 是で滝の水は止んだかと思ったら、そうでは無い。まだ引き続いて流れて居る。
 「其れから今一つは、貴女へ親切の心を以て、内々忠告して上げたい。是も黙って終いまで聞いて下さいよ。それは他でも無い、貴女の付き添い初鳥添子とか言うのを、成るたけ早く解雇なさらねば可(い)けません。イイエ、是は貴女と江南との間を、後々まで永く円満に続かせ度いと言う、私の親切から申すのです。アノ女は、余ほど江南と怪しいのですよ。私は谷川弁護士に聞きましたが、谷川さんが、江南からあの女を推薦せられて、其れで貴女の許へ住み込ませたのですってねえ。」

 成るほど此の夫人は、実に何から何までも知っている。
 「谷川さんは正直一方で、少しも他人を疑がわない方ですから、添子と江南の関係なども、無論知ら無いでしょうが、生憎(あいにく)私は知って居ます。彼(あ)の女は、本は良家の令嬢で、大層江南と深く交わって居ました。多分は内々で縁談でも出来て居たのでしょう。

 所が其の父が、相場の失敗で、僅かの間に大層な財産を無くし、自分の金ばかりで無く、他人の金までも使い込んで了(しま)ったのです。そうですね、先ず三百万円(現在の約30億円)からの借金だったでしょう。それをたった二銭で処分したから、驚くでは有りませんか。唯二銭で、何うして其の様な大借金が、片付いたかとお怪しみでしょう。

 其れがこうなんです。ソレ荒物屋に縄を売って居ましょう。二銭だせば一束呉れます。其の縄を買って来て、自分の首を縊(くく)って了(しま)いましたよ。エエ、自分の首縊(くく)ったら、簡単ですわねえ。ナニ首を縊(くく)るには六尺(1.8m)も有れば沢山ですから、二銭の中を幾等かは残したのでしょう。所が是からが面白いのです。

 如何にも小説家らしく成って来る。


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