巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

simanomusume109

島の娘    (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

サー・ウォルター・ビサント作   黒岩涙香 訳  トシ 口語訳

since 2016.4.19

下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

        

       (百九) 分かりました

 成るほど、彼(あ)の紅宝石(ルビー)は、時価にして幾十万円に当たるであろう。事に由れば百万円の値打ちが有るかも知れない。其れを他人に遣ろうと云うのだから、弁護士の職務としては、遣るには及ばない理由を、説き聞かせるのが、有理(もっとも)らしく思われる。

 全く誰にも遣るに及ばない、法律の表に於いて、立派に網守子の所有で有ろう。けれど網守子としては、何うしても古江田利八の子孫に、贈らなければ成らない。
 網守子は、谷川弁護士の言う事が、余り剛情に聞こえるので、殆ど恨めしそうに云った。

 「貴方の仰る意味が、私には良く分かりません。若しも、彼の紅宝石(ルビー)が、全く私の所有品で有るならば、所有主の私が、自分の権利で他人に遣るのに、何も貴方がお止め成さる理由は、無いでは有りませんか。自分の品なら、誰に遣るのも随意だろうと思います。」

 谷川は豁然(かつぜん)《目の前が急に広々とする様子》と分かった様な調子になり、
 「イヤ貴女が自分の所有品を、人に遣るとか慈善に寄付するとか仰るならば、其れは自由贈与でありますから、勿論貴女の御随意ですけれど、貴女は彼の紅宝石(ルビー)を、古江田利八の子孫が、当然に受け取る権利の有る、遺産の様に思ってお在(いで)ですから、其れで私がお止め申すのです。彼(あ)れは貴女より外に、誰も権利の無い、純粋の貴女の財産です。」

 網「分かりました。が、私に取っては、何方(どちら)でも同じ事です。何うか古江田利八の子孫へ遣って下さい。」
谷「そうまで仰れば止むを得ません。遣ることは遣りますが、兎に角貴女の財産の幾割が減じますよ。」

 網「減じても介意(かま)いません。私は其れが本望です。」
 谷川は惜し相に嘆息し、
 「今時、貴女の様な事を言う人は、恐らく無いでしょう。何にしても惜しい者です。」
 網「其れで、古江田利八の子孫は分かりましたか。」
 谷川は、鞄(かばん)の中から一括(くく)りの古ぼけた書類を出した。

 谷「漸く分かった様に思いますが、全く偶然に分かったのです。実は雲を掴む様な尋ね者ゆえ、私は五年前に初めて貴女のお頼みを受けた時に、全国の同業者へ回状を出して、頼んで置きました。若しも紀元1800年前後に、古江田利八と云う名を見認(みと)めるような、手掛かりが有るなら、知らせて呉れと。

 其の後、何の方面からも音沙汰が有りませんでしたが、此の頃、ちょっとした事から、此の様な書面が、或る所から現れたが、若しや君の心当たりには成らないかと言って、同業の一人から送って呉れました。先ず最初から順を追うて一枚一枚ご覧に入れます。」

 イヤ此の大きな書面を一々示されては大変だと思い、
 網「其れには及びません。何うか概略(あらまし)だけ話して下さい。」




次(百十)へ

a:479 t:1 y:0

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花