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島の娘 (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
サー・ウォルター・ビサント作 黒岩涙香 訳 トシ 口語訳
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(百十) 証拠か否か
谷川弁護士が取り出した一束の書類は、迚(とて)も素人が見ても、分かり相も無い。古い手紙や新しい書付や様々の書類が有るらしい。谷川氏は網守子の請いに応じ、其の概略を話した。
「古江田と言うのは、愛蘭土(アイルランド)の出で有りますが、利八は、二十歳の頃父を失い、一家を相続しましたけれど、別に資産と云う程の物も無いので、翌年印度へ出稼ぎに参りました。是だけの事は、ここに甲第一号としてある書類で分かります。此の書類は、利八が印度から故郷の母に送った手紙です。
其れから印度に於いて、何の様な事をしたか、少しも分かりません。手紙は幾通か有りますけれど、或いは自分の健康を述べ、或いは後々の見込みを語るなど、多くは母を喜ばせる為に書いた者で、自分の身の上は、余り記して有りません。多分、成功を得なかった為、記すほどの事柄が無かったのでしょう。
其れから一年の後、彼は印度の、或る小さい王国へ、鉱山技師として雇われ行く事と為り、其の喜びを母に知らせ、是で成功の緒口(いとぐち)が開けたから、安心して呉れと有ります。其の小王国へ行って後は、忙しい為、別に手紙を書かなかったが、自分の日記帳を、其のまま送って来て有ります。
是で見ると、度々国王の朝廷へ招かれた事も分かります。是が甲第二号です。三年の後に、カルカッタへ帰って来ました。其の時の手紙には、多分稼ぎ溜めたけれど、金で持って居るのは、嵩張(かさば)って不便でも有り、又不用心でも有るから、宝石に替えると有ります。」
網守子は少し合点が行った様に、
「アア、其の宝石が鰐革の袋ですね」
谷「先ア、お待ち下さい。印度で宝石を買い、其れを英国へ持ち帰れば、数十倍の値に成るなどと書いて有ります。其の頃は、印度に銀行なども少なかった為、成るほど現金を宝石に替えて持って居るのが、便利で有った事と思われます。
其の後の書類がが第三号で有りますが、彼は其れからズッと東方の、ビルマ(現在のミャンマー)と云う国へ雇われて行きました。其の頃ビルマと英国との間には、勿論郵便などの往復する道も無かった為めか、通信が絶えて居ます。
そうして是も三年ほどの後、ビルマを引き上げる前に、何か幸便でも有った者か、矢張り手帳の様なものを、数冊送って来て有りますが、ここでは余程重く用いられ、幾度も国王から感謝状を貰ったと見え、写しなどが有ります。勿論感謝状には宝石や金銀の賜物が添えられて居た様です。」
網守子はここまで聞き、
「其れでは確かな証拠が揃って居るでは有りませんか。」
「イイエ、貴女の鰐革の袋が、此の利八の物だと言う証拠は、毛ほども無いのです。」
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